日常温感スイッチ
ハレがあるからケが愛しい
---感度あげていきましょう---
産前産後のココロとカラダの案内人。
それが私のお仕事です。
自分のココロとカラダを愛でる炎をポッとともしたい。
「目覚める」きっかけをつくるクラスを目指しています。
◆産前産後のフィットネス&セルフケアクラス
◆SANGO NO SONOGO(産後のその後) 〜身体メンテナンス〜
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起きれません。
次男Kが渋い顔をして言った。
「さいきん、この目覚まし、ボクのこと起こさなくなった!!
」
えぇーーーーっ
「自分が起きれなくなっただけじゃんねー」
と私と兄がこそこそ話してると、
「ママの目覚まし時計と交換してもらうよ!」といってさっさと私の時計をもって布団にもぐってしまった。
おーい。
父がひとこと、
「さすがだな、アイツ」といった。
明日の朝が楽しみだ。
「さいきん、この目覚まし、ボクのこと起こさなくなった!!
」えぇーーーーっ

「自分が起きれなくなっただけじゃんねー」
と私と兄がこそこそ話してると、
「ママの目覚まし時計と交換してもらうよ!」といってさっさと私の時計をもって布団にもぐってしまった。
おーい。
父がひとこと、
「さすがだな、アイツ」といった。
明日の朝が楽しみだ。
兄弟の味、秋の味。

こちら、長男Rが8歳のときの写真。あたまにシロツメクサをのせて少女マンガ風、ラブリィな一品。

こちら、次男Kただいま8歳。本日、学校で芋ほりをしました。あたまに芋のツルをのせて「神様でっす!」と笑ってる「ザ・男子」風、おばかな一品。
兄弟それぞれの持ち味がございます。
+++
さて。
次男は大変大きなおイモをひとつ掘って、それを持って帰ってきました。
どうやって食べる?と聞くと、
「おいもご飯!」「お味噌汁!!」「おイモの天ぷらっ!」
・・・なんとも日本人でございます。
今日はとりあえず、おいもご飯にしました。お米は先日友人のさおちんがくれた精米したてのほっかほか米。
おイモは大きすぎて皮ごと炊けなかったので色合いがいまいちですが、
大変美味しかったです。
汁物は、豚ゴマ味噌汁。練りゴマとすりゴマをとかし、ネギと豚肉と豆腐の味噌汁です。
そしていつものひじきの煮物。粗食だけれど心はホクホク。
おいしーおいしーとたくさんおかわりをしていただきました。ごっつあぁんです!

近頃兄弟
■遊歩道にて
休日。にいちゃんはサッカーの練習に行ってしまったので、
「たいくつぅー」とほざく次男坊と一緒に近所を散歩。
遊歩道でしゃがみこみ、夢中でなにかやってると思ったら、
「ほら、顔。」だって。
葉っぱの顔。喜怒哀楽がちょっとわかりずらい・・・
「ねぇ、ちょっとー聞きました?奥様」「え?なになになに?もしかしてアノ話?」なんて会話が聞えなくもない。

■母さん、伝言です。
夕食時にワインを飲みすぎた母さんは、ベットにうつぶせてぐぅぐぅねてしまった。12時近くにふと目を覚ますと、横に長男坊がうつぶせてねてた。洋服のまま。母さんの枕元には彼のメモ書きが。
翌朝は早くからスポーツ大会で、いろいろな持ち物を母さんに伝えたかったようだ。ごめん。
「運動のできるふくそう」「水とう」「弁とう」「タオル」「ティッシュ」「きがえ」・・・
あ。。。。弁当の「弁」の字、線が一本多いよ。
■お見舞い
一年ぶりぐらいに次男坊が熱を出した。38度5分。ソファーで私の膝に頭をのせてうつらうつらとしていたところ、兄ちゃんが5人の友達を連れて帰ってきた。
Kが熱だから今日はうちでは遊べないよ、と伝えると、少年たちはガクンと頭をたれて外へ出て行った。
数分後。玄関のドアがあいたかとおもうと、さっきの少年たちが、
「おおーい!K〜!早く元気になれよぅ〜!これ、見舞いだからー」と言って、玄関にお菓子を置いていった。
ありがたいけど、カラムーチョ。
心があたたまるが、カラムーチョ。
小5の男子たちが、小2のKに気軽に声をかけ気にかけてくれる。とても嬉しい。それは常日頃兄ちゃんがなんだかんだいいながらも弟をつれて遊びに行ってくれているおかげだ。
ありがとう、兄ちゃん。このカラムーチョは君にあげるよ。

休日。にいちゃんはサッカーの練習に行ってしまったので、
「たいくつぅー」とほざく次男坊と一緒に近所を散歩。
遊歩道でしゃがみこみ、夢中でなにかやってると思ったら、
「ほら、顔。」だって。
葉っぱの顔。喜怒哀楽がちょっとわかりずらい・・・
「ねぇ、ちょっとー聞きました?奥様」「え?なになになに?もしかしてアノ話?」なんて会話が聞えなくもない。

■母さん、伝言です。
夕食時にワインを飲みすぎた母さんは、ベットにうつぶせてぐぅぐぅねてしまった。12時近くにふと目を覚ますと、横に長男坊がうつぶせてねてた。洋服のまま。母さんの枕元には彼のメモ書きが。翌朝は早くからスポーツ大会で、いろいろな持ち物を母さんに伝えたかったようだ。ごめん。
「運動のできるふくそう」「水とう」「弁とう」「タオル」「ティッシュ」「きがえ」・・・
あ。。。。弁当の「弁」の字、線が一本多いよ。
■お見舞い
一年ぶりぐらいに次男坊が熱を出した。38度5分。ソファーで私の膝に頭をのせてうつらうつらとしていたところ、兄ちゃんが5人の友達を連れて帰ってきた。
Kが熱だから今日はうちでは遊べないよ、と伝えると、少年たちはガクンと頭をたれて外へ出て行った。
数分後。玄関のドアがあいたかとおもうと、さっきの少年たちが、
「おおーい!K〜!早く元気になれよぅ〜!これ、見舞いだからー」と言って、玄関にお菓子を置いていった。
ありがたいけど、カラムーチョ。
心があたたまるが、カラムーチョ。
小5の男子たちが、小2のKに気軽に声をかけ気にかけてくれる。とても嬉しい。それは常日頃兄ちゃんがなんだかんだいいながらも弟をつれて遊びに行ってくれているおかげだ。
ありがとう、兄ちゃん。このカラムーチョは君にあげるよ。

熱かった運動会
母が跳んだ金曜日
仕事のあと、大急ぎで汗を流しチケット握り締めライブへ行く。
非日常な2時間ちょっと。床につま先しか着かない体勢でホットヨガ程の体感温度の中でアドレナリン放出。
まってましたと腕を伸ばすも、一度振り上げた腕はもう下には降ろせない。そのくらいの密着度。
自分の体力に心からお礼を言いたい。ありがとう、あたし。そして泣けるほどよいライブでござった。満腹。
明けて翌日。5時に起きてお弁当作り。今日は運動会なのだ。
少年たちが駆け抜けた土曜日
昨夜の雨にもかかわらず校庭はカラリと水がはけていた。
長男Rは100m走、組み体操、騎馬戦、高学年リレー。
次男Kは50m走、ダンス、大玉ころがし、低学年リレー。
騎馬戦でなぜか頭になっていた長男R。「あんなに闘争心のないヤツがなぜ上にのってんだ?」とJGが笑う。
案の定ニコニコ笑顔で進んでいったと思ったら、背後から来た六年生の女子にあっさり帽子を奪われていた。「あれぇ〜?」って顔で頭を抑えてた。そしてやっぱり笑ったままだった。
なんだろね、競技の結果云々よりも、友達と楽しそうに種目をこなしている姿にとても安心し心があたたまるのだ。
「ダンスは観なくていいからね。」と朝出かける前に次男Kがいった。もうずっと、あのダンスはかっこよくない。といって不満だったのだ。振り付けが気に入らなかったらしい(なまいきな!)
「わかったわかった、ダンスだけは観ないよ!!」「たのんだよ!」「はいよー!いってらっしゃーい
」
・・・って、観ないわけないじゃん。ふっ。( ̄ー ̄*)
というわけで、人垣の合間から2年生たちのヒップホップ調のダンスを観た。か、かわいい!一生懸命踊っている2年生たち、
めちゃくちゃ可愛いではないか!気づけば最前列に紛れ込んで拍手しながら観ていた。
何よりもあんなこといっていたKが一生懸命踊っている。なぁんだ。カッコイイじゃないの!!
が、中盤あたりで・・・あ。 わかった。 この振りだな。 この振りが、嫌なんだな。 あー私もこれは嫌だなぁ(笑)
次男Kの気持ちがちょっとわかったのだった。なんていうか、ラジオ体操第二のような恥ずかしい感じの振りだった。くすくす。
それでも手を抜かない君が好きだよ。
毎年自分の子が出ていなくとも涙を流していた高学年の組体操。私の涙腺はこのあたりからゆるゆるだ。
家でも練習していた(私もつきあわされていた)「サボテン」もビシッとかっこよく決まり、「波」は清く正しく美しく流れていった。


続く高学年リレー。クライマックスだ。
低学年はトラック半周だが、高学年はトラックを一周する。頭が小さく手足が長い今時の身体をもった少年少女たちが目の前を駆け抜けてゆく。さすがに迫力があるなぁ。
長男Rがスタートを切った。いけ!いけ!いけーーーーーーー!!!
叫ぶ母と父。目の前を通り過ぎていくR。バトンを無事に手渡して走り終えた彼はゆっくりと
速度を落としていった。
「あの子、運動会で草たべてたよね・・・・」感無量で胸を熱くしながらとなりにいたJGに言うわたし。
そうなのだ。
彼は保育園の運動会のお遊戯をほとんどやらなかった。6回くらいあった運動会で、最後の年長クラスの時のカッポレこそ立派にやりとげたけれど、それまではほんとにポケーっとしてゆらゆらしていた。
3歳くらいのときだったか、チィチィパッパとかわいく踊るクラスメイトのあしもとでしゃがんで芝生をいじっていたかと思ったら・・・パクッ。
「あ!!いま草食べたっ!!( ゚ ▽ ゚ ;)」・・・撮っていたビデオにはしっかり私の声が入ってる。
そんな子が、今、全速力でトラックを駆けていった。成長ってうれしいね。来年も大いに楽しみだ。
仕事のあと、大急ぎで汗を流しチケット握り締めライブへ行く。
非日常な2時間ちょっと。床につま先しか着かない体勢でホットヨガ程の体感温度の中でアドレナリン放出。
まってましたと腕を伸ばすも、一度振り上げた腕はもう下には降ろせない。そのくらいの密着度。
自分の体力に心からお礼を言いたい。ありがとう、あたし。そして泣けるほどよいライブでござった。満腹。
明けて翌日。5時に起きてお弁当作り。今日は運動会なのだ。
少年たちが駆け抜けた土曜日
昨夜の雨にもかかわらず校庭はカラリと水がはけていた。
長男Rは100m走、組み体操、騎馬戦、高学年リレー。
次男Kは50m走、ダンス、大玉ころがし、低学年リレー。
騎馬戦でなぜか頭になっていた長男R。「あんなに闘争心のないヤツがなぜ上にのってんだ?」とJGが笑う。
案の定ニコニコ笑顔で進んでいったと思ったら、背後から来た六年生の女子にあっさり帽子を奪われていた。「あれぇ〜?」って顔で頭を抑えてた。そしてやっぱり笑ったままだった。
なんだろね、競技の結果云々よりも、友達と楽しそうに種目をこなしている姿にとても安心し心があたたまるのだ。
「ダンスは観なくていいからね。」と朝出かける前に次男Kがいった。もうずっと、あのダンスはかっこよくない。といって不満だったのだ。振り付けが気に入らなかったらしい(なまいきな!)
「わかったわかった、ダンスだけは観ないよ!!」「たのんだよ!」「はいよー!いってらっしゃーい
」・・・って、観ないわけないじゃん。ふっ。( ̄ー ̄*)
というわけで、人垣の合間から2年生たちのヒップホップ調のダンスを観た。か、かわいい!一生懸命踊っている2年生たち、
めちゃくちゃ可愛いではないか!気づけば最前列に紛れ込んで拍手しながら観ていた。
何よりもあんなこといっていたKが一生懸命踊っている。なぁんだ。カッコイイじゃないの!!
が、中盤あたりで・・・あ。 わかった。 この振りだな。 この振りが、嫌なんだな。 あー私もこれは嫌だなぁ(笑)
次男Kの気持ちがちょっとわかったのだった。なんていうか、ラジオ体操第二のような恥ずかしい感じの振りだった。くすくす。
それでも手を抜かない君が好きだよ。
毎年自分の子が出ていなくとも涙を流していた高学年の組体操。私の涙腺はこのあたりからゆるゆるだ。
家でも練習していた(私もつきあわされていた)「サボテン」もビシッとかっこよく決まり、「波」は清く正しく美しく流れていった。


続く高学年リレー。クライマックスだ。
低学年はトラック半周だが、高学年はトラックを一周する。頭が小さく手足が長い今時の身体をもった少年少女たちが目の前を駆け抜けてゆく。さすがに迫力があるなぁ。
長男Rがスタートを切った。いけ!いけ!いけーーーーーーー!!!
叫ぶ母と父。目の前を通り過ぎていくR。バトンを無事に手渡して走り終えた彼はゆっくりと
速度を落としていった。
「あの子、運動会で草たべてたよね・・・・」感無量で胸を熱くしながらとなりにいたJGに言うわたし。
そうなのだ。
彼は保育園の運動会のお遊戯をほとんどやらなかった。6回くらいあった運動会で、最後の年長クラスの時のカッポレこそ立派にやりとげたけれど、それまではほんとにポケーっとしてゆらゆらしていた。
3歳くらいのときだったか、チィチィパッパとかわいく踊るクラスメイトのあしもとでしゃがんで芝生をいじっていたかと思ったら・・・パクッ。
「あ!!いま草食べたっ!!( ゚ ▽ ゚ ;)」・・・撮っていたビデオにはしっかり私の声が入ってる。
そんな子が、今、全速力でトラックを駆けていった。成長ってうれしいね。来年も大いに楽しみだ。
へそまがりブルース
先日ご紹介いたしました、へそまがり期間中の次男Kについて。
学童から帰ってきてからもまだ友達と遊ぶ次男K。
思う存分遊んで帰ってきて、ご飯を食べてお風呂に入り・・・・おーい、宿題は?
あまり言わなくてもちゃんと自分でことを進めることの多い次男Kだが、
こと宿題に関しては毎回毎回ブツブツと五月蝿い。
「あーなんで宿題なんかあるんだろー」(君みたいに家でなにもしない人のためだよ)
「あーなんでこんないっぱい?もうやだ!!できないっ!!」(家族はみな知らんぷりする)
そのうち泣きべそかきながらやる。
「解らないの?」と聞くと、「解るよ。解るけどやりたくないのっ!!!」とへそ曲がりになる。
ひとしきり一人で悪態をついている。(そんなこといってないで早くやればいいのに)
「なんでお兄ちゃんは今日宿題ないの?ズッルイよっ!!!」(怒るとこ、ちがうから。)
うわぁーん(マジ泣き)
「ズル!ズル!」と兄にまだ悪態をついている。(気の毒すぎな兄)そして父に叱られる。
結局さっさとやれば20分もしないで終わるであろう宿題を、延々と1時間くらい使って泣いたりわめいたりしながらこなしてゆく。
そして、出来上がる直前にはすっかりご機嫌がなおっていて、何事もなかったように
「ふぃ〜!できた。ママ!できたからね!」と偉そうに言う。
THE 無駄。
この無駄が成長なのだな、はっはっは。と見守る。(ほんとはかなりめんどくさいやつと思ってる)
そして本日。
私「ちょっと、今日は泣かないでよ?そんなんだったら、2日に分けてちゃんとやりなよ(明日は都民の日でお休み)」
K「だいじょーぶ!今日の宿題はねぇ・・・・ふっふっふ」
私「なによ」
K「1年生の復習だから!すっごいかんたん!」(なぜか胸をはる)
私「ふーん。じゃ、泣かない?」
k「うん!!!!あれじゃ、泣けないね!」
・・・・。
もうやだ、このひと。
学童から帰ってきてからもまだ友達と遊ぶ次男K。
思う存分遊んで帰ってきて、ご飯を食べてお風呂に入り・・・・おーい、宿題は?
あまり言わなくてもちゃんと自分でことを進めることの多い次男Kだが、
こと宿題に関しては毎回毎回ブツブツと五月蝿い。
「あーなんで宿題なんかあるんだろー」(君みたいに家でなにもしない人のためだよ)
「あーなんでこんないっぱい?もうやだ!!できないっ!!」(家族はみな知らんぷりする)
そのうち泣きべそかきながらやる。
「解らないの?」と聞くと、「解るよ。解るけどやりたくないのっ!!!」とへそ曲がりになる。
ひとしきり一人で悪態をついている。(そんなこといってないで早くやればいいのに)
「なんでお兄ちゃんは今日宿題ないの?ズッルイよっ!!!」(怒るとこ、ちがうから。)
うわぁーん(マジ泣き)
「ズル!ズル!」と兄にまだ悪態をついている。(気の毒すぎな兄)そして父に叱られる。
結局さっさとやれば20分もしないで終わるであろう宿題を、延々と1時間くらい使って泣いたりわめいたりしながらこなしてゆく。
そして、出来上がる直前にはすっかりご機嫌がなおっていて、何事もなかったように
「ふぃ〜!できた。ママ!できたからね!」と偉そうに言う。
THE 無駄。
この無駄が成長なのだな、はっはっは。と見守る。(ほんとはかなりめんどくさいやつと思ってる)
そして本日。
私「ちょっと、今日は泣かないでよ?そんなんだったら、2日に分けてちゃんとやりなよ(明日は都民の日でお休み)」
K「だいじょーぶ!今日の宿題はねぇ・・・・ふっふっふ」
私「なによ」
K「1年生の復習だから!すっごいかんたん!」(なぜか胸をはる)
私「ふーん。じゃ、泣かない?」
k「うん!!!!あれじゃ、泣けないね!」
・・・・。
もうやだ、このひと。
あぁ、夏休み。
って、ほんとうによく言ったもんだなーと思うよ。夏休み。
よいこともめんどくさいことも全部ひっくるめて、「あぁ」としか言いようがないね。あぁ、夏休み。
毎日お弁当作りをしているかた、こんな一ヶ月ちょいでヒーヒーいっててごめんなさい。
夏休みのお弁当づくりは今年で5回目なわけだけど、毎年どうしていたのかさっぱり思い出せない。
たいしてバラエティに富んでいるわけではないお弁当を、彼らは毎日残さず食べてくる。
それだけが原動力。あぁ、弁当作り。
昨日は、またもや市民プールで半日を過ごし、夕立とともに帰宅。
(ここのところ仕事してるかプールにいるかって感じの日々なのだ。)
雨が止んで空がピンク色に暮れてゆくころ、こんどは近所の花火大会へ。
家族4人で自転車こぎながら、壮絶に美しい夕焼け空をみあげ皆口があんぐり。
ピンクとオレンジと燃えるような赤と、ぼんやり青紫。そこに全ての景色が黒くシルエットになって映えていた。
雷、夕立、夕焼け、打ち上げ花火。
あぁ、夏休み・・・・・。

打ち上げ花火のさいご、天から降り注ぐように落ちてくるような花火を見ながら、横でJG(オット)が、
「俺、コレ、好き・・」って言った。うん、私もコレ好き。ていうか、そういうこと言うあんたが好き。
ドドーンと音が弾けたときに、一緒にいた友人マリちゃんが即「耳、大丈夫?」って聞いてくれた。
次に音が弾けたときに、次男Kが「僕が後ろから耳をふさいであげよう」って背後から手を出してくれた。
あんなに暑かった空気が夕立ですこし冷ややかになって、なんともいい気持ち。
友人マリちゃんちの次男坊(4才)が、後ろの大きな建物の全面ガラスに映った花火に気づいて、
ひとりみんなと違う方向を見上げて「うほぉー!!!こっちにも花火!」と言った姿がたまらなく可愛かった。
例年よりも短かったように感じた打ち上げ花火。子供たちには丁度良い長さだったようだ。
+++
また一週間が始まった。
7月最後の一週間だ。
「あー今週もたっぷり暇だ〜」と嬉しそうに言ってた長男R。いいのか?
今週もまた友達に誘われるがままプールに泳ぎに行っちゃうんだろうな。
次男も学童とプール三昧であろう。
そんな二人がさっき、しこしこと折り紙を折って「みて〜!できたよ!!」と見せてくれた。
どーん。

び、びみょう・・・・(笑)
時代劇のずるがしこい商人顔に見えてしまった・・・・のは内緒なのだ。
よいこともめんどくさいことも全部ひっくるめて、「あぁ」としか言いようがないね。あぁ、夏休み。
毎日お弁当作りをしているかた、こんな一ヶ月ちょいでヒーヒーいっててごめんなさい。
夏休みのお弁当づくりは今年で5回目なわけだけど、毎年どうしていたのかさっぱり思い出せない。
たいしてバラエティに富んでいるわけではないお弁当を、彼らは毎日残さず食べてくる。
それだけが原動力。あぁ、弁当作り。
昨日は、またもや市民プールで半日を過ごし、夕立とともに帰宅。
(ここのところ仕事してるかプールにいるかって感じの日々なのだ。)
雨が止んで空がピンク色に暮れてゆくころ、こんどは近所の花火大会へ。
家族4人で自転車こぎながら、壮絶に美しい夕焼け空をみあげ皆口があんぐり。
ピンクとオレンジと燃えるような赤と、ぼんやり青紫。そこに全ての景色が黒くシルエットになって映えていた。
雷、夕立、夕焼け、打ち上げ花火。
あぁ、夏休み・・・・・。

打ち上げ花火のさいご、天から降り注ぐように落ちてくるような花火を見ながら、横でJG(オット)が、
「俺、コレ、好き・・」って言った。うん、私もコレ好き。ていうか、そういうこと言うあんたが好き。
ドドーンと音が弾けたときに、一緒にいた友人マリちゃんが即「耳、大丈夫?」って聞いてくれた。
次に音が弾けたときに、次男Kが「僕が後ろから耳をふさいであげよう」って背後から手を出してくれた。
あんなに暑かった空気が夕立ですこし冷ややかになって、なんともいい気持ち。
友人マリちゃんちの次男坊(4才)が、後ろの大きな建物の全面ガラスに映った花火に気づいて、
ひとりみんなと違う方向を見上げて「うほぉー!!!こっちにも花火!」と言った姿がたまらなく可愛かった。
例年よりも短かったように感じた打ち上げ花火。子供たちには丁度良い長さだったようだ。
+++
また一週間が始まった。
7月最後の一週間だ。
「あー今週もたっぷり暇だ〜」と嬉しそうに言ってた長男R。いいのか?
今週もまた友達に誘われるがままプールに泳ぎに行っちゃうんだろうな。
次男も学童とプール三昧であろう。
そんな二人がさっき、しこしこと折り紙を折って「みて〜!できたよ!!」と見せてくれた。
どーん。

び、びみょう・・・・(笑)
時代劇のずるがしこい商人顔に見えてしまった・・・・のは内緒なのだ。
夏が来た!
うおー!街でも家でも学校でもあっちこっちで
♪ぽーにょぽーにょぽにょ さかなのこ
の歌が溢れかえっていて、おまけに耳におもいっきり残るし、うっかり口すさんでしまうのがいやん。
・・・ぽにょ。
いや、見るけどね。きっと見るけれども、この歌・・・うおー。また頭のなかをぐるぐるぐるぐる。
さて。
夏休みですね。皆様いかがお過ごしでしょうか。
+++
さかのぼり日記。
終業式前日、うだるような暑さの中、長男Rの忘れ物を届けに学校へ行った。
なくてもなんとかなるものは届けない。いや、なんともならないものでも基本届けない。
が、この日にどうしても必要なもの。玄関まで大事に抱えていたくせに、靴を履いたら忘れていっちゃったもの。前の日から用意していたのに・・・おばかめ。
しょうがないから仕事の前に届けに行った。
教室をちらっと覗くと、
「お!Rのかあちゃん!!どしたのー」
「おい、R、母ちゃんきてるぞー」
「Rくんのお母さんこれから仕事?」
などなど元気な声をかけてもらい、賑やかな教室からモジモジと長男が出てきて忘れ物を受け取って彼は嬉しそうに小さくバイバイをした。
ほんの5年くらい前まで、「小学校の高学年なんてどうやって接していいかわかんないよ」くらいに思っていたのに、なんとも無邪気な子供たちの声だった。(嬉)
+++
PCの前に座るのが久しぶり。
午前と午後、仕事をかけもちするとさすがにこの気候、もうぐったり倒れるように布団にもぐりこむ日々なのだ。
心地良い、ダルキモチイ状態なのではあるのだけどね。
だけど世間は夏休み。
いつもよりもずっとずっと体力を使う季節の到来である!!
サッカーだプールだ盆踊りだなんだかんだとわたしも子供らのサポートに走り回ってあっという間にもう日焼け肌。
昨日も肌が乾燥したから薬草ミストサウナに入りたくて夕食後家族でチャリンコ飛ばし温泉へいった。
原泉の寝湯(岩の上にふくよかな裸婦人達がならんで横たわっている光景はマティスの絵画のよう)で脱力したあと、さっそく薬草サウナ〜(*^_^*)
この日の草は「どくだみ」。ヨモギに次いでお気に入りの薬草だ。
薬草の蒸気を浴びながらお塩でマッサージ。
皆がせっせと塩を掴み自分の身体に塗ってセルフケアをしている姿は圧巻よ。
一日中サッカーのグランド脇で乾いた風にさらされていた身体がじわじわと潤って、しっとりツルンとなる。
もう、手をかけないと枯れそうなお年頃だけど、手をかけるとぐんと応えてくれるお年頃でもあるのね〜。
そして最後にオイルケア。(全部セルフよ)
ゆるゆる〜
+++
明けて今朝、今日は何する〜って話してたらチャイムがなって子供らの友達が数人、「市民プール行こうぜ!」って。
おう!と答える長男の横で次男が既に海パンに着替えてた…(´д`)
ちょっ!君も行くわけ?「当たり前じゃん!」
うっそ〜ん
君が行くなら私もついていかないといけないじゃない!!!
え、ちょ、ちょっとまってよ、私何にも支度してないしーーーーーー!!!って声もむなしく、
10分後には自転車乗ってました。ワンピースの下には水着きて。
このフットワークの軽さと、いつでも裸、オッケーよ!な状態は日頃の努力のたまものかと。(笑)
オチは、帰りに着てくる着替えを持たなかったこと。ぬれた水着のままワンピを着て自転車に乗った。
はい、サドルに押し付けられた私の尻にはくっきりお漏らしあとがついておりましたとさ。
ま、そんな感じで我が家にもばっちり夏がやってきたのでありました。
♪ぽーにょぽーにょぽにょ・・さかなのこ
+++
夏の目標。
★子供たちと一緒に日の出を見る。
♪ぽーにょぽーにょぽにょ さかなのこ
の歌が溢れかえっていて、おまけに耳におもいっきり残るし、うっかり口すさんでしまうのがいやん。
・・・ぽにょ。
いや、見るけどね。きっと見るけれども、この歌・・・うおー。また頭のなかをぐるぐるぐるぐる。
さて。
夏休みですね。皆様いかがお過ごしでしょうか。
+++
さかのぼり日記。
終業式前日、うだるような暑さの中、長男Rの忘れ物を届けに学校へ行った。
なくてもなんとかなるものは届けない。いや、なんともならないものでも基本届けない。
が、この日にどうしても必要なもの。玄関まで大事に抱えていたくせに、靴を履いたら忘れていっちゃったもの。前の日から用意していたのに・・・おばかめ。
しょうがないから仕事の前に届けに行った。
教室をちらっと覗くと、
「お!Rのかあちゃん!!どしたのー」
「おい、R、母ちゃんきてるぞー」
「Rくんのお母さんこれから仕事?」
などなど元気な声をかけてもらい、賑やかな教室からモジモジと長男が出てきて忘れ物を受け取って彼は嬉しそうに小さくバイバイをした。
ほんの5年くらい前まで、「小学校の高学年なんてどうやって接していいかわかんないよ」くらいに思っていたのに、なんとも無邪気な子供たちの声だった。(嬉)
+++
PCの前に座るのが久しぶり。
午前と午後、仕事をかけもちするとさすがにこの気候、もうぐったり倒れるように布団にもぐりこむ日々なのだ。
心地良い、ダルキモチイ状態なのではあるのだけどね。
だけど世間は夏休み。
いつもよりもずっとずっと体力を使う季節の到来である!!
サッカーだプールだ盆踊りだなんだかんだとわたしも子供らのサポートに走り回ってあっという間にもう日焼け肌。
昨日も肌が乾燥したから薬草ミストサウナに入りたくて夕食後家族でチャリンコ飛ばし温泉へいった。
原泉の寝湯(岩の上にふくよかな裸婦人達がならんで横たわっている光景はマティスの絵画のよう)で脱力したあと、さっそく薬草サウナ〜(*^_^*)
この日の草は「どくだみ」。ヨモギに次いでお気に入りの薬草だ。
薬草の蒸気を浴びながらお塩でマッサージ。
皆がせっせと塩を掴み自分の身体に塗ってセルフケアをしている姿は圧巻よ。
一日中サッカーのグランド脇で乾いた風にさらされていた身体がじわじわと潤って、しっとりツルンとなる。
もう、手をかけないと枯れそうなお年頃だけど、手をかけるとぐんと応えてくれるお年頃でもあるのね〜。
そして最後にオイルケア。(全部セルフよ)
ゆるゆる〜
+++
明けて今朝、今日は何する〜って話してたらチャイムがなって子供らの友達が数人、「市民プール行こうぜ!」って。
おう!と答える長男の横で次男が既に海パンに着替えてた…(´д`)
ちょっ!君も行くわけ?「当たり前じゃん!」
うっそ〜ん
君が行くなら私もついていかないといけないじゃない!!!
え、ちょ、ちょっとまってよ、私何にも支度してないしーーーーーー!!!って声もむなしく、
10分後には自転車乗ってました。ワンピースの下には水着きて。
このフットワークの軽さと、いつでも裸、オッケーよ!な状態は日頃の努力のたまものかと。(笑)
オチは、帰りに着てくる着替えを持たなかったこと。ぬれた水着のままワンピを着て自転車に乗った。
はい、サドルに押し付けられた私の尻にはくっきりお漏らしあとがついておりましたとさ。
ま、そんな感じで我が家にもばっちり夏がやってきたのでありました。
♪ぽーにょぽーにょぽにょ・・さかなのこ
+++
夏の目標。
★子供たちと一緒に日の出を見る。
疑っちまった悲しみに。
私はオットが大好きだ。
何いっちゃってんの?おばさん!ってかんじで、ごめん。
だけどほんとなんです、すみません。
オットは今、所謂働き盛りで、男盛りで、今やらなければいつやるんだっ!!っていうような勢いで働いている。働く男の疲れた顔に色気を感じメロンとなることも多々ある私ではあるが、ちょっとそれは疲れすぎてるでしょー、ってくらいの時もある。
もともと夜の遅い仕事ではあるのだけれど、帰りは日付を越えることが普通だし、朝方のときもあったりお店にそのまま・・っていう日もあり。
心配(身体のね)を通り越して、「いったいどこで何をやってんのー」と思うときも正直ある。
ある日、半分本気で半分おセンチ気分で「疑い」をかけてしまった。
案の定、彼はすごく悲しい顔をした。肩を落としていた。「まさかそんなことを言われるとは・・・」と思ったのではないか。
今週からまたセールがはじまる。彼の気は仕事には充分利くがそれ以外は利かない。
彼は仕事にはマメだがそれ以外は無頓着である。
仕事が好きなんだとおもう。
私や子供たちが楽しそうにしているとほんとうに嬉しそうな顔をする。
だけど、いかに楽しませようかと手を尽くすマメさはないのだ。年に何回か、フェイントで喜ばされるくらいなのだ。
まっすぐすぎてびっくりする。動物っぽいシンプルな優しさがいつもそこにはある。愛情表現もシンプルだ。
それでいいと思っているのに疑ってしまった。悲しみが胸にちんまりと残る。
ただ、口にしたことを後悔はしていない。何かしら感じ取ってくれたんではないか。
えっと、ワイン・・・これ、美味しいワインなの。と言ってワインを一本バックから取り出した。そして、
一緒に飲もうと彼はいった。
それだけでその後なんの変化もなく、同じように飛び回って働いている。かえる時間も変わらない。
これで変わらないことが“疑う必要がなかった”ということなんだろうなぁ・・・。
「私の話、聞いていないようで聞いてるんだね・・・」
よく少女マンガの胸きゅんポイントにあるような台詞。ぶっきらぼうだけど実はすごく自分のこと思ってくれてるのね★みたいな甘いシーンね。
そういうところはもう、20年間何度も何度もあって、これからもあるんだと思うんだけど、
ふわふわ恋愛しているんじゃなくて一緒に生活しているんだからね。たまにはわかりやすく餌をくれ!と、言ってみた。
言ってみたらすっきりした。
あー。長い長い番(つがい)生活。めんどくさい気持ちに翻弄されると新しい何かが生まれるような気がする。
そんなことで心動かせるあなたが羨ましい、と友人が言った。いや、わたしにとっては「そんなこと」じゃなかったってことなんだよ。
雨降って地が固まったわけでもなく、たいした事件でもなんでもない日々の泡なのだが、泡になる前には翻弄された心がたしかにあるわけで。「そんなこと」ではまったくないのだよ。
ある日の日記より。
何いっちゃってんの?おばさん!ってかんじで、ごめん。
だけどほんとなんです、すみません。
オットは今、所謂働き盛りで、男盛りで、今やらなければいつやるんだっ!!っていうような勢いで働いている。働く男の疲れた顔に色気を感じメロンとなることも多々ある私ではあるが、ちょっとそれは疲れすぎてるでしょー、ってくらいの時もある。
もともと夜の遅い仕事ではあるのだけれど、帰りは日付を越えることが普通だし、朝方のときもあったりお店にそのまま・・っていう日もあり。
心配(身体のね)を通り越して、「いったいどこで何をやってんのー」と思うときも正直ある。
ある日、半分本気で半分おセンチ気分で「疑い」をかけてしまった。
案の定、彼はすごく悲しい顔をした。肩を落としていた。「まさかそんなことを言われるとは・・・」と思ったのではないか。
今週からまたセールがはじまる。彼の気は仕事には充分利くがそれ以外は利かない。
彼は仕事にはマメだがそれ以外は無頓着である。
仕事が好きなんだとおもう。
私や子供たちが楽しそうにしているとほんとうに嬉しそうな顔をする。
だけど、いかに楽しませようかと手を尽くすマメさはないのだ。年に何回か、フェイントで喜ばされるくらいなのだ。
まっすぐすぎてびっくりする。動物っぽいシンプルな優しさがいつもそこにはある。愛情表現もシンプルだ。
それでいいと思っているのに疑ってしまった。悲しみが胸にちんまりと残る。
ただ、口にしたことを後悔はしていない。何かしら感じ取ってくれたんではないか。
えっと、ワイン・・・これ、美味しいワインなの。と言ってワインを一本バックから取り出した。そして、
一緒に飲もうと彼はいった。
それだけでその後なんの変化もなく、同じように飛び回って働いている。かえる時間も変わらない。
これで変わらないことが“疑う必要がなかった”ということなんだろうなぁ・・・。
「私の話、聞いていないようで聞いてるんだね・・・」
よく少女マンガの胸きゅんポイントにあるような台詞。ぶっきらぼうだけど実はすごく自分のこと思ってくれてるのね★みたいな甘いシーンね。
そういうところはもう、20年間何度も何度もあって、これからもあるんだと思うんだけど、
ふわふわ恋愛しているんじゃなくて一緒に生活しているんだからね。たまにはわかりやすく餌をくれ!と、言ってみた。
言ってみたらすっきりした。
あー。長い長い番(つがい)生活。めんどくさい気持ちに翻弄されると新しい何かが生まれるような気がする。
そんなことで心動かせるあなたが羨ましい、と友人が言った。いや、わたしにとっては「そんなこと」じゃなかったってことなんだよ。
雨降って地が固まったわけでもなく、たいした事件でもなんでもない日々の泡なのだが、泡になる前には翻弄された心がたしかにあるわけで。「そんなこと」ではまったくないのだよ。
ある日の日記より。
生理と整理とではじまる性教育
テレビでレジェンド・オブ・メキシコやってます。
なんでかわからないけどうちにDVDがあります。
そして、今回も両目えぐられて涙のように目から血を流したジョニー・デップにウハウハしました。
変態でごめんなさい。
えっと、そんな話ではなくてですね、生理。そう、生理の話を・・・。
私、ずっと前から生理前になると無性に掃除がしたくなるのです。鍋磨いたり、物捨てたり、
なんでしょうか、スッキリしたいのかな。もうあたりまえのように月に一度部屋がきれいになる日があるわけで、帰宅したJG(オット)も何事もなく、
「ただいまー。あ、部屋綺麗。あ、もうすぐか。」って言う。
自分で周期を把握していなくても、黙々とシンク磨いてたりする己の行動をみて、
「あ、もうすぐか。」と私も思う。
不思議だなぁ。
で、先週末。いつも弟と二人でお風呂に入る長男なのだが、弟がころっと寝てしまったので一人でお風呂に入ることになった。
先に書いた「百鬼夜行抄」を見た後だったのでどうやら怖かったらしい。
「ママ、お風呂、一緒に入ろう?」と言ってきた。
「んっと、今日はだめだわー。」(生理だから)
「えー、なんでよ。」
「ん・・・・・」(言うかどうか悩む母)
「ねー、入ろうよー、一緒に入ろうってばー」
「『せいり』なんだよね。」
「・・・・・・?掃除すんの?これから?」
「え?!なんで知ってんの!!生理前に掃除したくなる話したことないよね???」
「は?ママ何言ってるの?これからお片づけするってこと??」
あ、ああ。生理が整理だと思ってるのか。(心の中であっはっは、と笑う)
ここで意を決して(ってそんな大げさに思ってないけど)、女は赤ちゃんを産むからだの機能上毎月赤ちゃん産む穴から血が出るのだ。という話をした。
彼はきょとんとして聞いていたけど、テレビCMの謎も解けたよう。(「このおねえさんがオムツするの?」って聞いてきたことがあったのだ)
そして第一声。
「じゃあ、ママはまだ赤ちゃん産めるってことか!!!」(大喜)
「え。あったりまえじゃーん。まだまだよー。」(なぜか胸はる私)
「ぼく、それ知ってるよ。見たことある。前、テレビでサイの赤ちゃんが産まれるときにお母さんのサイから血がいっぱい出てきてた。どろんとしたやつ」
サイって・・・。
「いや、それとはまたちがうんだけど・・・・」と、またちょっと詳しく話す。
そしたら、
「じゃぁ、僕は人間になれてよかったってことだね。」
と。
おっと、大きく出たな!そう、そうよ、そういうことよ!!!
もう少し大きくなったら、君は一生懸命泳いで数億のライバルのなかから一番に卵に辿り着いたんだよ!一等賞だよ。だから生まれてきたんだよ。すごいんだから!って教えてあげよう。
(その競争のスタートはどんな仕組みなのかも・・・いつか話さないといかんのだよなぁ。)
「ということで、そんな私だけど一緒にお風呂はいる?」って聞いたら、「うん。入る」っていうので、一緒に入った。
なんだかほのぼのと二人でニコニコしながらお湯につかってたら、怖いドラマのこともお腹が痛くて憂鬱だったことも、忘れてたな。
たまたま早く先に寝ちゃった次男Kと、まだまだこの時間には帰ってこないJG(オット)がくれた私と長男の二人の時間。どうもありがとう。
はい。我が家の第一回性教育終了。
追記
そうそう、そのときに一応、「これはちょっと内緒の話にしといてね。心にしまっておいてね。」
って言ったら「そんなの、解ってるよー。あたりまえじゃん!」と言ってた長男R。
どうも失礼しました。
なんでかわからないけどうちにDVDがあります。
そして、今回も両目えぐられて涙のように目から血を流したジョニー・デップにウハウハしました。
変態でごめんなさい。
えっと、そんな話ではなくてですね、生理。そう、生理の話を・・・。
私、ずっと前から生理前になると無性に掃除がしたくなるのです。鍋磨いたり、物捨てたり、
なんでしょうか、スッキリしたいのかな。もうあたりまえのように月に一度部屋がきれいになる日があるわけで、帰宅したJG(オット)も何事もなく、
「ただいまー。あ、部屋綺麗。あ、もうすぐか。」って言う。
自分で周期を把握していなくても、黙々とシンク磨いてたりする己の行動をみて、
「あ、もうすぐか。」と私も思う。
不思議だなぁ。
で、先週末。いつも弟と二人でお風呂に入る長男なのだが、弟がころっと寝てしまったので一人でお風呂に入ることになった。
先に書いた「百鬼夜行抄」を見た後だったのでどうやら怖かったらしい。
「ママ、お風呂、一緒に入ろう?」と言ってきた。
「んっと、今日はだめだわー。」(生理だから)
「えー、なんでよ。」
「ん・・・・・」(言うかどうか悩む母)
「ねー、入ろうよー、一緒に入ろうってばー」
「『せいり』なんだよね。」
「・・・・・・?掃除すんの?これから?」
「え?!なんで知ってんの!!生理前に掃除したくなる話したことないよね???」
「は?ママ何言ってるの?これからお片づけするってこと??」
あ、ああ。生理が整理だと思ってるのか。(心の中であっはっは、と笑う)
ここで意を決して(ってそんな大げさに思ってないけど)、女は赤ちゃんを産むからだの機能上毎月赤ちゃん産む穴から血が出るのだ。という話をした。
彼はきょとんとして聞いていたけど、テレビCMの謎も解けたよう。(「このおねえさんがオムツするの?」って聞いてきたことがあったのだ)
そして第一声。
「じゃあ、ママはまだ赤ちゃん産めるってことか!!!」(大喜)
「え。あったりまえじゃーん。まだまだよー。」(なぜか胸はる私)
「ぼく、それ知ってるよ。見たことある。前、テレビでサイの赤ちゃんが産まれるときにお母さんのサイから血がいっぱい出てきてた。どろんとしたやつ」
サイって・・・。
「いや、それとはまたちがうんだけど・・・・」と、またちょっと詳しく話す。
そしたら、
「じゃぁ、僕は人間になれてよかったってことだね。」
と。
おっと、大きく出たな!そう、そうよ、そういうことよ!!!
もう少し大きくなったら、君は一生懸命泳いで数億のライバルのなかから一番に卵に辿り着いたんだよ!一等賞だよ。だから生まれてきたんだよ。すごいんだから!って教えてあげよう。
(その競争のスタートはどんな仕組みなのかも・・・いつか話さないといかんのだよなぁ。)
「ということで、そんな私だけど一緒にお風呂はいる?」って聞いたら、「うん。入る」っていうので、一緒に入った。
なんだかほのぼのと二人でニコニコしながらお湯につかってたら、怖いドラマのこともお腹が痛くて憂鬱だったことも、忘れてたな。
たまたま早く先に寝ちゃった次男Kと、まだまだこの時間には帰ってこないJG(オット)がくれた私と長男の二人の時間。どうもありがとう。
はい。我が家の第一回性教育終了。
追記
そうそう、そのときに一応、「これはちょっと内緒の話にしといてね。心にしまっておいてね。」
って言ったら「そんなの、解ってるよー。あたりまえじゃん!」と言ってた長男R。
どうも失礼しました。
12年前の闘病記(母)
私は1994年の秋に結婚した。
私の母はその年の春に、くも膜下出血で倒れた。
私は母が倒れた日、結婚後に住むマンションにJGがすでに一人で住んでいたので、そこに泊まっていた。
夜、寝ようとしたら弟から電話があり、お母さんが倒れたと告げられた。
危ないかも・・・これから手術するから、と。
震える体でタクシーに乗り込み横浜の病院へ向かった。
10時間以上の手術。待合室で父と弟と私、3人で病院の窓から見た朝焼け。「助かっても、障害がかなり残るか寝たきり状態」と言った医師の言葉。
母と最後に交わした言葉はなんだっただろうか・・・とか思い出している結婚前の娘。
手術は無事に終わった。
ICUで眠っている母を見て、弟が号泣した。私も泣いた。父は下を向いていた。
約半月の時間、母は意識がなかった。
寝たきりになってしまうかもしれない先のことを考えるとあまりに辛く、つい「こんな風に助かることをお母さんは望んでたかな・・・」と一瞬だけども思ったことがある。
つまるところ「あの時苦しまずに死んでしまった方がお母さんは楽だったんじゃないか」ということだ。
でもそれは側にいる私自身が辛かったから、この辛い気持ちから逃げるために思ったことだと気づいた。
本人はどうやったって生きたいだろう。というか、他者が語ることではない。
なんと傲慢な気持ちだったかと心底反省した。
眠っているだけの母をガラス越しに見舞うのが日課になったころ、母の意識が戻った。
看護士さんが私たちのところに小走りでやってきて、
「今お母さんお話しましたよ!!お友達のマキさんと冷蔵庫を買いに行く約束をしていると言っていますけど!」という。
(倒れた翌日は嫁入り道具の冷蔵庫を一緒に買いに行く予定だった)
嬉しくて嬉しくて嬉しかったけど、私のことをお友達って・・・とちょっと泣いた。
(この時はまだまだ意識混濁状態だったのだ。)
その後ぽつぽつと指で文字盤をつかって話しだす。言葉もちょっとずつ戻ってくる。
初めて会話をしたときに、
「JGさんのところに帰らなくていいの?奥さんなのに。」と言われ、
「まだ結婚してないからっ!」と笑った。
起きあがれるようになったとき、病室の隅を指さして、
「そこに犬がいるから部屋の外に出して」と言われて「大丈夫だよ、そんなの居ないからね」となだめながらすごく怯えた。
だいぶ回復してきたと思ってたけど、にこにこ顔で
「さっき、さんまちゃん(明石家)が来て『がんばれやー』って言って帰ったよ」と言われ、
大笑いしたけど落胆もした。
当時四谷で働いていて、定時にあがり大船近くの病院に2時間かけて毎日通い、その後3人で夕食をする(食事は当番制)生活。
ご近所さんにも大変お世話になり、母が近隣の住人達にいかに慕われていたかを知った。
それから、ご近所のおばちゃん達がせっせと毎日届けてくれるオカズをいただきながら、弟と「いろんな家の味があるねぇ」としみじみした。(一晩に3宅からいただいたヒジキの煮物は3つとも具も味も違った)
いろんなことを思い出す。
看護士さんに、おむつの替え方が下手くそだとかタンの取り方がなってないだとか、何度も教え込まれた。(きっとその後の介護のことを思って教えてくれたんだと思う)
予定していた秋の結婚は諦めた。
母が寝たきりだったら私は家に居た方がいいだろう。
JGとご両親が3人で千羽鶴を折ってお見舞いに来てくれた。
この人達と家族になりたかったなぁ・・・としんみり思った。
しかし、その後驚異的な回復力で母は元気になっていったのだ。
予定していた9月の結婚式にもなんとか車いすで出られるよと担当医師から告げられたときはまさか!と疑ったほどだった。
あれよあれよと奇跡をみせられ、結果私は無事にJGの嫁になり、結婚式には五分刈りの母も出席できた。
私は結婚式前夜、ホテルの部屋で母の5,6センチだけ伸びた髪をせっせと染めた。伸びてきた髪は白髪ばかりだったから。
嫁に行く前日の思い出はビゲン白髪染めで花嫁の手が茶色く染まって焦ったこと。
あれから12年。
母はほんとに元どおりの母になって、今では孫三昧のおばあちゃんになった。
もちろん介護などまったく必要ない。
(それどころか祖父が亡くなるまでずっと祖父のことを献身的に介護をしていた。)
母の病気から3年後に今度は父が倒れてしまい父の方が障害者手帳を持つようになってしまったが、私は今でも両親を失わずにいることに感謝している。
すっかり何事もなかったように当たり前のように過ごしてきてしまっていたけれど、今回友達のお母さんの入院話を聞いて、自分のあの時のことをパタパタと思い出していたしだい。
人の生きる力は計り知れなくて、その人を思う人達のエネルギーも相当な威力を発揮するんだぞ、と知った母の闘病生活であった。
もう12年も経つんだなぁ・・・。
あ!今度の日曜日は結婚記念日だ!12年も経つんだなぁ・・・。
私の母はその年の春に、くも膜下出血で倒れた。
私は母が倒れた日、結婚後に住むマンションにJGがすでに一人で住んでいたので、そこに泊まっていた。
夜、寝ようとしたら弟から電話があり、お母さんが倒れたと告げられた。
危ないかも・・・これから手術するから、と。
震える体でタクシーに乗り込み横浜の病院へ向かった。
10時間以上の手術。待合室で父と弟と私、3人で病院の窓から見た朝焼け。「助かっても、障害がかなり残るか寝たきり状態」と言った医師の言葉。
母と最後に交わした言葉はなんだっただろうか・・・とか思い出している結婚前の娘。
手術は無事に終わった。
ICUで眠っている母を見て、弟が号泣した。私も泣いた。父は下を向いていた。
約半月の時間、母は意識がなかった。
寝たきりになってしまうかもしれない先のことを考えるとあまりに辛く、つい「こんな風に助かることをお母さんは望んでたかな・・・」と一瞬だけども思ったことがある。
つまるところ「あの時苦しまずに死んでしまった方がお母さんは楽だったんじゃないか」ということだ。
でもそれは側にいる私自身が辛かったから、この辛い気持ちから逃げるために思ったことだと気づいた。
本人はどうやったって生きたいだろう。というか、他者が語ることではない。
なんと傲慢な気持ちだったかと心底反省した。
眠っているだけの母をガラス越しに見舞うのが日課になったころ、母の意識が戻った。
看護士さんが私たちのところに小走りでやってきて、
「今お母さんお話しましたよ!!お友達のマキさんと冷蔵庫を買いに行く約束をしていると言っていますけど!」という。
(倒れた翌日は嫁入り道具の冷蔵庫を一緒に買いに行く予定だった)
嬉しくて嬉しくて嬉しかったけど、私のことをお友達って・・・とちょっと泣いた。
(この時はまだまだ意識混濁状態だったのだ。)
その後ぽつぽつと指で文字盤をつかって話しだす。言葉もちょっとずつ戻ってくる。
初めて会話をしたときに、
「JGさんのところに帰らなくていいの?奥さんなのに。」と言われ、
「まだ結婚してないからっ!」と笑った。
起きあがれるようになったとき、病室の隅を指さして、
「そこに犬がいるから部屋の外に出して」と言われて「大丈夫だよ、そんなの居ないからね」となだめながらすごく怯えた。
だいぶ回復してきたと思ってたけど、にこにこ顔で
「さっき、さんまちゃん(明石家)が来て『がんばれやー』って言って帰ったよ」と言われ、
大笑いしたけど落胆もした。
当時四谷で働いていて、定時にあがり大船近くの病院に2時間かけて毎日通い、その後3人で夕食をする(食事は当番制)生活。
ご近所さんにも大変お世話になり、母が近隣の住人達にいかに慕われていたかを知った。
それから、ご近所のおばちゃん達がせっせと毎日届けてくれるオカズをいただきながら、弟と「いろんな家の味があるねぇ」としみじみした。(一晩に3宅からいただいたヒジキの煮物は3つとも具も味も違った)
いろんなことを思い出す。
看護士さんに、おむつの替え方が下手くそだとかタンの取り方がなってないだとか、何度も教え込まれた。(きっとその後の介護のことを思って教えてくれたんだと思う)
予定していた秋の結婚は諦めた。
母が寝たきりだったら私は家に居た方がいいだろう。
JGとご両親が3人で千羽鶴を折ってお見舞いに来てくれた。
この人達と家族になりたかったなぁ・・・としんみり思った。
しかし、その後驚異的な回復力で母は元気になっていったのだ。
予定していた9月の結婚式にもなんとか車いすで出られるよと担当医師から告げられたときはまさか!と疑ったほどだった。
あれよあれよと奇跡をみせられ、結果私は無事にJGの嫁になり、結婚式には五分刈りの母も出席できた。
私は結婚式前夜、ホテルの部屋で母の5,6センチだけ伸びた髪をせっせと染めた。伸びてきた髪は白髪ばかりだったから。
嫁に行く前日の思い出はビゲン白髪染めで花嫁の手が茶色く染まって焦ったこと。
あれから12年。
母はほんとに元どおりの母になって、今では孫三昧のおばあちゃんになった。
もちろん介護などまったく必要ない。
(それどころか祖父が亡くなるまでずっと祖父のことを献身的に介護をしていた。)
母の病気から3年後に今度は父が倒れてしまい父の方が障害者手帳を持つようになってしまったが、私は今でも両親を失わずにいることに感謝している。
すっかり何事もなかったように当たり前のように過ごしてきてしまっていたけれど、今回友達のお母さんの入院話を聞いて、自分のあの時のことをパタパタと思い出していたしだい。
人の生きる力は計り知れなくて、その人を思う人達のエネルギーも相当な威力を発揮するんだぞ、と知った母の闘病生活であった。
もう12年も経つんだなぁ・・・。
あ!今度の日曜日は結婚記念日だ!12年も経つんだなぁ・・・。
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