日常をこよなく愛するヨーガ愛好家、MAKIのBLOGへようこそ。

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マタニティ&産後ヨーガ IN 府中

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::読みはじめ
今年の一曲目と今年の一冊目を決めるのが元旦の楽しみなんだけど、大晦日から読む本は決まってた。
年末、高2の息子の現国の教科書を見てみたら!みてこの豪華ラインナップ。
面白くて斜め読みしてるうちに久しぶりに「こころ」を読もうと思った。
〝人間のエゴとその彼岸を描ききった不朽の名作〟(帯に書いてあった笑)をインド哲学とすり合わせて読んでみる。若い時とは絶対違う印象があるはず。ヨガを学び始める前とも違うはず。漱石グルジと脳内問答する(笑)

ところで、うちの息子たち、漫画以外は全く本を読まない。もったいないなと思うけど、読みたくなる時期は来るときゃ来る。
そのくせ二人とも結構国語が得意なのが不思議。先日担任から「K君(次男)のBOOK推薦トークがとてもよかっと国語担当教師がいってました」と聞き、「はぁ~?」と素で言ってしまった(笑)
あんた人に勧める本なんてあるの?とすぐさま聞いてみたら、凄く照れ臭そうに、
「はらぺこあおむし」
って…( ̄▽ ̄)
あはははは…絵本も本だ。そうだよね。私も大好きだよ。



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::涙、ぽろり。
電車に乗っているのに。
電車の中なのに。
思わず泣いてしまって、今、下を向きながらたどたどとコレを書いている。
たまにあるんだ。音楽を聴いていて、本を読んでいて、突然気持ちが溢れ出すと所構わずポロリ。
おっぱいじゃなく涙がポロリ。
更年期じゃないよ、思春期からずっと持ってる癖のような性質。

読んでいる途中から、早く先が読みたいけど読み終わりたくなくて葛藤するような本にたまに出会う。
たらたらリバースしたりしながら、
the endを先延ばす。
ということをしながら、さっき大事な一冊を読み終わったんだけど、
電車なのに。
あーたまんないなぁ。終わるのってやだな。

「人は変わって行くんだよ。それは、とても過酷なことだと思う。
でもね、でも同時に、そのことだけが人を救ってくれるのよ。」

(「昨夜のカレー、明日のパン」木皿泉)




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::お宝がやってきた。
以前、アマゾンのマーケットプライスに出品されていた沖ヨガの本を購入したのだけれど、その時にご縁のあった方からメールをいただいた。
もう手放そうと思われたヨガ書籍の数々を譲ってくださるということだった。

なんだか申し訳ないと思ったけど、
以前一度だけ取引があった客に声をかけるなんていう行為にはきっとたくさんエネルギーがいったと思う。
それをしてくださったことにありがたく感謝しつつ、即決で送っていただくことにした。

そして今日ダンボール箱が一つ届いた。

ジャーン!!!
books

全て沖正弘先生著のお宝本なのだ!!
す、す、すごい・・・・

図書館で借りて貪り読んだものもある。
もう購入できない数々の本。(涎)

しっかと学ばせていただきます。
インドのヨガの翻訳本と日本語で書かれた日本のヨガ本とではまた一味も二味もちがった表現方法で、ヨガのあれこれが説かれているので読み比べるととても面白いし興味深い。

実践して体感してゆくと共に様々な教えを吸収していきたいという、地味にやる気満々な私に届いたのは、まさに「お宝」。
既に何頁か目を通してぞくぞくわくわく。

心より、感謝いたします。大切なもの、受け継ぎます。
ありがとうございました。
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::名作、「東京のカサノバ」に溺れる。
東京のカサノバ (1) (集英社文庫―コミック版)東京のカサノバ (1) (集英社文庫―コミック版)
(1996/06)
くらもち ふさこ


東京のカサノバ (2) (集英社文庫―コミック版)東京のカサノバ (2) (集英社文庫―コミック版)
(1996/06)
くらもち ふさこ

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いわずと知れた少女マンガの星作家、くらもちふさこ。
中学生のころからファンだった。
実家にはほとんど・・93年ぐらいまでのコミックはそろってる。
が、最近猛烈に読みたくなって、辛抱たまらなくなりポチっとネットで買ってしまった。
それが昨日とどいて、食後の後片付けもそのままで部屋に篭って読んでいた。

あー!!!ちぃちゃーん!!!

思えば、ここに登場する暁(主人公の多美子の腹違いの兄。多美子の二番目の兄なので「小さい兄ちゃん」だから「ちーちゃん」。)はあのころから「理想のタイプ」として私に染み付いている。
だから、こーんな男、実際いるわけないじゃぁんなんて思わなくもない酸いも甘いも噛み締めた42才の元少女は今でも、ちいちゃんにはちゃんとときめく(ちなみに多美子は私と同い年生まれだった・笑)

というか、ページをめくる前に次にどんなコマ割でどんなカットが現れるか覚えていることに驚く。
後ろのほうで小さく笑ってるおばあちゃんの表情とかさ、そんなのまでちゃんと覚えているのだ。

091210_2008~01
「どんなやつでも悪人にしたくないから すきになるのかもしれない」

くらもちふさこの作品には今でもスルスルと口にできる名台詞がたくさんある。
キュンキュンポイントも目に焼きついている。(「いろはにこんぺいと」の達ちゃんがビンの蓋をぱかっとあけてくれたシーンなんてその代表的ポイントだ!)

くらもち作品にはただの夢見る乙女ロマンスだけでなく、ちゃんと人間の心のちいさな襞が深く描かれていてそういうところに何度も心が動かされた。
東京のカサノバにもいやな女がいっぱい出てくる(笑)いろんなタイプの嫌な女。だけど、最後はけっこうイイやつだったり、かっこいいこと言ったり、憎めなかったりする。
作中で、ちーちゃんが言う「どんなやつでも悪人にしたくないから・・・」というのは作者の声のようにも聞こえる。

「糸のきらめき」、「おしゃべり階段」、「いつもポケットにショパン」、「いろはにこんぺいと」、「アンコールが3回」、「A-girl」、「海の天辺」、「チープスリル」、「天然コケッコー」・・・名作ぞろい。
中でもこの「東京のカサノバ」は私の中でダントツ一位に輝く作品だ。
やばいやばい。この師走の忙しい時期に、くらもちブームがきてしまったー

多感な青春時代に吸収した音楽や本は、無意識に自分の中に根強く残っていてふとしたことで思い出されると、
ついてこなくてもいい当時の甘酸っぱい気持ちまでついてくるから、年をとるほど懐古モードになってしまうのか。
そんなことを思いながら、ねっころがって漫画を読む女。
少女マンガの読者はたとえ何歳であろうと少女なのだ。ほっといてくれ。


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::「対岸の彼女」角田光代

(2007/10)
角田 光代

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 専業主婦の小夜子は、大人と呼ばれる年になり、母と呼ばれる女性になっても、公園デビューで挫折したり、外との繋がりには相変わらず臆病で、高校時代と同じように女の集団のなかで上手くできない自分を嘆き、日々鬱々としていた。
社会に出ればなんとか道がひらけるのではないかと思っていた小夜子は、姑の嫌味や夫の無理解、保育園入園の困難を乗り越え、同じ年の独身女社長、葵の経営する企業で働き始めた。

 現在の二人の話の間に、もう一つ、葵の高校時代の話がからまって物語は進んでゆく。
いじめにあい横浜から群馬の田舎に逃げるように住いをうつし、そこでひっそりと目立たぬよう当たり障りがないように息をひそめて高校生活をおくる葵の前に、
奔放で明るくてどこにも属さないナナコという女の子があらわれ、二人は急速に仲良くなる。

専業主婦だった小夜子と女社長葵。
いじめられっこだった女子高生の葵といつも明るくどこにも属さないナナコ。

二つの時間軸で繰り広げられる女友達との濃く強い繋がり。それらが交互に織りあって物語りは深く「人との繋がり」について触れながら痛々しく、リアルに描かれていく。

最後はどうなるの?どうなっちゃうの?とドキドキしながら一気に読み進めた。
結末は切なくても、それでも一歩踏み出す主人公の姿をみて最後はちょっと明るい気持ちで涙を拭けるような気持ちにさせられた、そんな小説だ。


きっと、かつての女子も今の女子も共感する面がたくさんあるんではないかな。

 同じ女性でありながら、立場も環境も抱えているものもなにもかもが違う二人が、急速に関係を縮めていっても、どうしてもたちはだかる溝。そして、離れてしまってもそこからまた新たに違う関係が生まれてゆく。

独身の女、既婚の女、子持ちの女、有職主婦、専業主婦・・・
女を区別するのは女だとよく言われるけれど、「対岸」にいる相手とどう付き合ってゆくか。過去に自分と繋がった人達を思い出し、自分の体験も重ね合わせて読んで行くとなんとも切なくて涙がでる。

 救いがないけどそれが現実だと知らされる。だけど「大事なもの」の確認や「前に進む」力をしずかに与えてくれるような、すごく良い小説だった。
1年前に一度読んだときは感想を書くこともできないくらいその「読後感」に酔っていた。今回またこの本を手にしたとき、角が少しだけ折り曲がってる頁があるのに気がついた。
よくやる癖なのだ。
読みながら琴線に触れる言葉がある頁を折ってしまう。


高校生のナナコが葵に言ったセリフ。

“無視もスカート切りも、悪口も上履き隠しも、ほんと、ぜーんぜんこわくないの、そんなところにあたしの大切なものはないし”
という言葉。そんなナナコの言葉を葵は青い空を見上げながら聞いていた。

そして、大人になった葵は、「自分の子供になかなか友達ができない」(まるで昔の自分のようだ)と悩む小夜子に対してこう言うのだ。

“ひとりでいるのがこわくなるようなたくさんの友達よりも、ひとりでいても怖くないと思わせてくれる何かと出会うことのほうがうんと大事なきがする”と。

葵とナナコの関係はとても切ないものだったけれども、葵の中では今でもそれは決して消えない「大事なもの」だということが伺える。

最後に森絵都さんの解説も素晴らしかったので、そこから文章を引用して載せておく。

「人と出会うということは、自分の中にその人にしか埋められない鋳型を穿つようなことだと思っていた。人と出会えば出会うだけ、だから自分は穴だらけになっていくのだ、と。
けれどもその穴は、もしかしたら私の熱源であるかもしれない。時に仄かに発光し、時に初熱し、いつも内側から私をあたためてくれる有難い空洞なのかもしれない。」
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::愛と救いと「狐笛のかなた」
狐笛のかなた狐笛のかなた
(2003/11)
上橋 菜穂子

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「本書の魔法は超一級品です。」――宮部みゆき。少女と霊狐の孤独でけなげな愛。野間児童文芸賞受賞。

小夜は12歳。人の心が聞こえる〈聞き耳〉の力を亡き母から受け継いだ。ある日の夕暮れ、犬に追われる子狐を助けたが、狐はこの世と神の世の〈あわい〉に棲む霊狐・野火だった。隣り合う二つの国の争いに巻き込まれ、呪いを避けて森陰屋敷に閉じ込められている少年・小春丸をめぐり、小夜と野火の、孤独でけなげな愛が燃え上がる……愛のために身を捨てたとき、もう恐ろしいものは何もない。
<新潮社HPより>

上橋菜穂子の作品には共通して、まっすぐでまっとうで潔い姿に清々しい気持ちになる人物が登場する。
その清々しさを味わいたくて、何度か手に取った本。ハードカバーの装丁も文庫版の装丁も美しい。
児童文学なんだけど、普遍的なものが描かれているので年齢も時代も括りなく心に響くものがたりだと思う。

はじめてよんだときに、うぅ~ん、このまっすぐで、純粋で、痛々しいほど一生懸命な、「愛」というには心もとない、胸がきゅぅーーーっと締め付けられるのにすごく惹かれる二人のキャラクターをどこかで知っているようなきがしてならなかったんだけど、
2度目に読んだときに、あ、あれだ。「千と千尋」の千尋とハクとかぶるんだと気づいた。
あの映画も千尋の何をも恐れないまっすぐで必死な愛に震えて3回みちゃったし。
という余談はおいといて。

普遍的。
そう、昔昔のお話だけれども、現代のそれにあてはまるストーリーでもあり、人々の心持であり、「愛」なのだ。
作者は「理屈を越えた愛」がすきだという。おろかな行為をくりかえす人間がひとつだけもっている小さな救い、それがひとの「情」であるという。何かを救うために頭よりもさきにからだがうごいてしまうそんな感情・・・
そうか、そんな救いに触れたくて2度も3度も手にとってしまうのだな。
すごく陳腐な言い方しかできないんだけども・・・・
「人の想いの力ってすごい。」
(このものがたりの場合「人の想い」だけじゃなくて「獣の想い」まで繋がって、異種間の想いにまで広がっているところがさらにすごい。)

説明のつかない、何にもかえがたい想いの力。これを信じてこれに救いを求めているところが自分にもあるのだと思う。どれだけ大事におもっていることか。

あとね、再び余談だけれども、
霊狐である野火のキャラクターというのはかなり多くの女子の心をつかむのではないか。
友人が最近の女流作家の作品に出てくる男の子のタイプが似てるといっていた。
「文科系女子のストライク男子像」なんて言ってたけど、その話はじめるとなんとなくこの作品で洗われた心が濁ってくきがするのでやめておこう。

綺麗なものがたり、このくらいのファンタジーがちょうどよい。

+++

余談の余談でつけたし。

「精霊の守り人」のアニメ主題歌になった【Shine】の歌詞をじっくりよんだらこれまた心が震えた。

心の奥 繋げたら信じてもらえるのに

(略)

寂しくても見渡したところで 真実は無いよ

それはそっと君の胸の内側で
密かに築き行くもの

だからこの想いは誰にも負けない
魔法のよう 色褪せない 唯一の輝き

その季節が君に訪れる所まで付き合うよ
さぁ、大地を蹴ろう

風に乗って浮かびここじゃない何処かへ
海を越え 時を越え きっと咲くだろう

いつの日にも いつもそんな君を
太陽のように ずっと見守れたらいいな




くぅ。
「繋がったら」じゃなくて「繋げたら」となっているところ、そんなところがたまらない。

愛だ、愛だというけれど、安売りでない愛をみつけるのはむずかしいとおもっていたあの頃、
若かったなぁ。わたし。


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::トークアバウト「ダーディ・ワーク」
ダーティ・ワークダーティ・ワーク
(1998/03/11)
ザ・ローリング・ストーンズ

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リアルタイムで観ていた80年代のMTVに居たのはこの頃の彼ら。
だけれど私はそれ以前のストーンズファンだったため、このアルバムははっきりいってあんまり聴いていなかったなぁと思う。
ミックがソロに全速力だったからちょっとギターチームとのテンションのバランスがヘンだったような記憶がある。
このジャケ写も嫌いだったなぁ・・・って思い出した。あぁ!目がちかちかするっ!!

ところが。久々に聴いたら、いいではないか。これはこれで(笑)。

いいなぁ、年月が経つって。
いろんなものが受け入れられて喜びの幅が広がる。頑なさがなくなると、楽しみが増えるね。

さてさて。

このたび、このアルバムと同名の小説を読んだ。
ダーティ・ワークダーティ・ワーク
(2007/04)
絲山 秋子

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友人に「マキさん、好きそう」と薦められたから。本や映画を薦められるのはとても嬉しいこと。しかも、その人のセンスに信頼を寄せていると尚更なことだ。例えそれが自分のお気に入りにならなくとも、「あーこの人にはこの作品が響いたんだなー」って知るだけで嬉しい。

この本は昨年、私が課題に明け暮れていた頃、課題本を探すために行った本屋で目にした本であった。
心が動いたが優先順位をつけて課題本を手に取った私だった。以来、すっかり忘れていた。

巡り巡ってくるものだ。人も本も映画も・・・いろんなことが巡ってくる。


そして・・・はい、ビンゴです。私のストライクゾーンでございました。

はっきり言ってなぜにこのタイトルなのか、短編のタイトルも曲名になっているんだけど、ダーディワーク(アルバムの方ね)に収録されている曲名に限られているわけでもないし、ただのストーンズファン??と思うくらいなんだけど、それならそれで充分な気もする。理由なんて。

小説中に入っているちょっとしたエピソードがすごくわかるわかる!と唸るところが多かった。
“初めての来日公演のときなんて「もう二度と観れないかも」と大枚をはたいた。けど、その後何度も来日した”なんてのもその一つ。
くぅ。甘しょっぱい思い出じゃ。

初めて観た生のミックにやられて熱にうかされてしまった私(キースファンだったのに)は「はぁ・・・わたし、ミックになりたい・・」とつぶやいていた。
なんて阿呆。

本の内容は、なんかこう、掴めない様な淡々とした短編小説の繋がりで一冊の本ができている。恋愛小説なんだと思う。
だけど、そうと匂うぷんぷんした恋愛小説ではないんだな、これが。盛り上がりがないから。淡々としているから。

前作ではちょろっと脇に出てきた人物が次のチャプターでは主人公になっている。その繋がりが明確になってくるのは後半なんだけれど、どの小説も登場人物の性別が一瞬わからなかったりするので最後に繋がったときには、あぁ、あぁ、あぁ、とすっきりする。
どれもあんまり「希望」の光は感じない小説たちなんだけど、最後だけ、ほんのり淡い光がみえるところがよい。


以下、読んだ人にしかわからない感想。
+++

私的には「辻森さん」と「持田ちゃん」が夜中の花屋の店内でブーケを作るやりとりが書かれた「miss you」が好きだった。
辻森さんって人の“食えない感じ”と、ところどころハッとする描写がたまらなくよい。
「持田ちゃん」の「辻森さん」に対する恋愛には届かないかもしれない淡い気持ちがきゅきゅっと描写されているところ。たとえば、

「辻森さんのべろのことを考えると、私はちょっと冷静でいられなくなる。辻森さんが、カサブランカやカラーの花を夜中に舐めまわしているところを想像するとぶっ倒れそうになる。」

「一緒に、違うことをするのは楽しい。こんなことが、きっと最初で最後で終わってしまうのが悲しい。」

「それは何十秒も何百秒も続くようだった。ほんとに失神するかと思った。」

「ありがとうを言わなきゃ。言ったら、この二度とない夜が終わってしまう。」


せ、せつない・・。

この夜の最後に、この「持田ちゃん」は「おまえ」になるんだ。そこがまたね、きゅんとする。淡々と地味なあんまり希望がみえない話たちの中でふつうにきゅんとするところ。

あと「遠井」と笑う牛の病院での話。kiriクリームチーズの笑う牛に似ているひと、たまに居るよね。
一番息をつめて読んだのはこの短編だったと思う。
あとから、ここに出てくる「遠井」が「TT」だったと知ったときちょっとだけ、がくんとした。

だけどそれでも、この読後感があれがいい。
淡々とした日常たちの間にちょっとした奇跡や偶然があったりして。けしてドラマチックではなくね。

どんげさんへ。
絲山本はエッセイ「絲的メイソウ」しか読んだことがなかったのでとてもよい出会いでした。薦めてくれてありがとう。

最後に。
今回、アルバム「ダーディ・ワーク」を久々に聴けたことがオプションでついてきた。そしてもう一つのオマケは、高校生の頃したデートのことを思い出したこと。
ストーンズや、AC/DCや、XTCなんかのレコードをひたすら漁りながらあーだこーだとウフウフ戯れあっただけのあのデートをね。
あーしょっぱい。
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::『男子』
男子男子
(2007/07/25)
梅 佳代

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もうもうもう!!バカで泣く!!なんておバカな小学男子。こんなだったよなー、と
自分の小学時代を思い返して腹がよじれる。

そして小学生の母になった今、これでもかっていうくらい、7歳~10歳あたりの男子たちとの交流が絶えない。
家にも公園にも学校にも、そこらにおバカで可愛い男子が溢れてる。
(そのかわり、OL業をやめて1年、私の日常にいる成人男子の数は急降下であるが。)

まぁ、これは写真集なんで、とにかく目を通してみてくださいとしか言えないんだけど、
自分が梅佳代さんの目になって、呆れつつ笑いつつ愛しんで見られる写真ばかり。

まず注目するのは、この一冊のなかの男子達の「白目率」の高さ。
どうして、小学男子ってのはすぐにおちゃらけて白目になるの? ばっかだなー。あははは。
意味もなく「うんこ」やら「ちんこ」やら叫んでたよね。
昔に比べたらずいぶん減ったようなきがしていたけど、今でもいるよ、そういう無意味におばかさんで可愛い子。

消しゴムのカス集めて机の穴にうめてたね。
給食のパンをぎゅうぎゅうに潰して小さくして一口で食べてたね。
さくらんぼの種をずっと放課後まで口にいれてたね。
半ズボンの裾をお尻の溝に挟んで女の子をキャーキャーいわせてたね。

うふふふ。あの子達はいったいどんな青年になったのか。
そしていまどんな中年になってるのか。

そうそう。このおバカで無意味でいい感じの時期は短くて貴重。ありふれているようで、
結構レアな「顔」なのだ。


なーんてしみじみおもってたら・・・・



うちにも居たわ。
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::年老いても咲きたての薔薇
先週の話。
16歳からの親友である友人Tが、私に茨木のり子さんの詩をプレゼントしてくれた。

「自分の感受性くらい」に出会わせてくれたのも彼女だった。

大人になってもどぎまぎしたっていいんだな
ぎこちない挨拶 醜く赤くなる
失語症 なめらかでないしぐさ
子供の悪態にさえ傷ついてしまう 
頼りない生牡蠣のような感受性
それらを鍛える必要は少しもなかったのだな

年老いても咲きたての薔薇 柔らかく
外にむかってひらかれるのこそ難しい
あらゆる仕事
すべてのいい仕事の核には
震える弱いアンテナが隠されている きっと・・・

(「汲 む」 ~Y・Yに~ 茨城のり子 より抜粋)


40前にしてどうにもこうにもどぎまぎして頼りもない私自身だけれど、
大事にしてきた私の中心。肉付けするために地味に積み重ねていく大切さを知ったこのごろ。

7月は重ねる月にする。
そして今夜は満月だった、はず。 

じつは、この、「年老いても咲きたての薔薇 柔らかく~」のところを読んでいるときに、
隣の部屋のテレビからピアノ曲が流れてきていて、サンゲツのカーテンのCMなんだけど、
この曲が言葉と相まってなんか鳥肌たってしまって頭から離れなかったので調べたら、
橋本一子さんが弾いていたピアノであった。
でも、なんかCM用オリジナルの「ショパン風」曲らしい。



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::武田百合子さん
NHKの「ゆるなび」とやらに武田百合子さんが登場(もちろん写真)するってことで、一週間前から楽しみにしていた。

ほんの短い時間だったけど、やっぱり百合子さんはいいなぁ。かっこいいなぁとひとしきり心の中で手をたたく。

富士日記を読んだときの衝撃ったら今でも忘れられない。
淡々とさっぱりと綴られるただの日常なのに、あの文章はなんだ。登場する全ての人を覗き見たくなるような人間の面白さ、悲しさ、いい加減さ、温かさ、可笑しさ、切なさ。

この日の放送メニューの中で本当に「ゆるい」のは百合子さんだったなぁ。
癒しやスローライフ的なコンセプトで組まれている内容は、なんていうか、いま書店にあふれているナチュラル・スローライフ系雑誌の内容を映像にしたような印象。

武田百合子さんという人は結構ハチャメチャだったりいい加減だったりパンクだったり暢気だったり鋭かったりする、いわゆる「癒し系」の人ではないと思うんだけど。
そんな女性が写真だけで登場し、近しかった人間が彼女について語るだけなのだが、なんだか番組内で一番「ゆるい」が似合うと思ったのは百合子さんだった。

はじめてみたけどいい番組だったな。短かったけど。
武田百合子特集を1時間枠でやってください。おねがい、えぬえいちけーどの。


そうそう。ガソリンスタンドのおじさんが出てきて驚いたよ。


日日雑記 (中公文庫)日日雑記 (中公文庫)
(1997/02)
武田 百合子

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(1997/04)
武田 百合子

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::重齢の愉しみ
1/41―同級生を巡る旅1/41―同級生を巡る旅
(2003/02)
菅野 ぱんだ

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先日、菅野ぱんださんというフォトグラファーの【1/41】という本を読んだ。彼女の、小学校のときの同級生41人の「今」を取材してまとめた一冊だ。
これがなんとも面白くて、終始、「そうそうそうそう!」と膝をたたきながら読んだ。(楽しくてワッハッハということではない。)
この方、同年代で、生きてきた時代背景が思いっきり自分とシンクロするから時にはアイタタタタと痛みまで思い出すような文章をかかれる。
自分をリセットしたい切実な願望、力づくでの再生、地に足が着いて手にしたキャリア。過去のあの時があって今があるっていう行程が、もちろん自分と同じわけではないけれど
一言で言うと「わかる!」かんじだったのだ。
ちょっと甘酸っぱくて痛くて暖かくて時にとても頼りなくて、最後は力強い。「よし!」という気になった。

++++++

私はずっと自分よりも年上の、先を生きている人に焦点をあてて、「ああいうふうになれたらいいな」だの、「こんなふうに言えるおばさんになりたいな」だの、「こんな生き方素敵だ」だの、思ってた。カッコイイと思う人はもう自分よりもだいぶん先に生まれて先に死んでゆくんだろうって人が多かった。

ところがこのところ、心がゆさゆさと揺さぶられるのは今の同じ時間を過ごしている同じ年頃の人たちだったりするのでおもしろいなと思う。
30代後半、40代なりたて、そんなくらいの人々。変化の時期なのかもしれない。
心と身体の変化にズレを感じて悩んだり、若き日の自分のココロザシに今の自分が恥じたり、
そうではないと思い直したり、「死」を意識したり、「生」を感じたり、ヘンな力が抜けて楽チンになったり、素直になったり。また、その力が抜ける一歩手前は力が入りすぎてがんじがらめになったりするところまで、どうも共鳴してしまうことが多い。

今朝電車で音楽雑誌読んでておもわずはぁーと息をついてしまったよ。

「生きてることに祈ってんだろうな、やっぱり」と宮本語りがあったり、真心さんは「<チンポから石が出た>みたいなことは卒業した」(わかりやすい過激さをもとめないってこと)とか言ってたり、40前のアーティストがそろって「今までは恥ずかしくていえなかった「愛」みたいなことが言えるようになった」風なことを言葉こそ違えど言っていたり。もう可笑しいよ。
そしてなんだか嬉しいよ。
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::アイシテルンデス
溺レる (文春文庫)溺レる (文春文庫)
(2002/09)
川上 弘美

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特に私は「神虫」が好きで。

『・・・・・この人とはからだばかり、と思いこんでいた取っつきのころだったか、
舐めていた飴玉が口からころがり出てしまうように、「アイシテルンデス」と言ってしまったことがあった。

『・・・・いとおしかった。可愛かった。そして、どうでもよかった。』


(神虫より抜粋)

一語一語に感じ入って余計なことは語りたくない。
だからただの読書記録。

今日はもう、おやすみ。
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::「ある筈のもの」の存在感
某氏の歌声を溺愛している。そのボーカルの力量と存在感に心酔している。
ある日、
その楽曲の、ボーカルレスバージョン(カラオケバージョン)を聴いて私はひどく切なくなった。

表現力のすごさを改めて感じ、その不在感に切なくなる。

あたかもそこに声があることを耳が想像する。
無い故の存在感。



と、そのときもうはるか昔に読んだ山田詠美の「蝶々の纏足」の一節、
『ある筈のものが失くなるのってせつないでしょう?私の足の間も今、そういう気持ち』
というのを思い出した。
胸に残ったフレーズは何年経っても忘れないものだ。



蝶々の纏足・風葬の教室 (新潮文庫)蝶々の纏足・風葬の教室 (新潮文庫)
(1997/02)
山田 詠美

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::レスポンスする身体
久々にモーリス・ベジャールの自伝をパラパラとめくってみた。もう何度読んだことか。
蛍光ペンで引いた線が変色していてずいぶん時間が経ったんだなぁと思う。

身体の中心を意識しろ。
みぞおちを中心に両腕両足首目口を動かして表現しろ。
バランスだ。バランスが大切だ。


お臍のちょっと下の丹田に意識を集中して行う呼吸法(臍下丹田呼吸法)とか、ここを鍛えてバランスを保つ舞踏とか、
その辺り(みぞおちはちょっと上だけどね)が大事なのは知っていたけど、本当に意識すると身体が揺らがないのだ。
電車に乗ってるときにやってみるとわかる。だらーんと立っていると電車の揺れにすぐにふらつく。
でも中心を意識して立つと吊り革をつかまらなくても大丈夫。
コレを知るとピリエット(回転)がぐんと早く切れがよくなった。



(2001/09)
斎藤 孝

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本のご紹介。

ベストセラー『声に出して読みたい日本語』の著者の本です。

【自然体=身体の重心においても、心や精神の方向性においても、寄りかからないゆとりをもった構え】

自然体は意識してつくろう。というもの。その技を身につければ身体はもっと生きてくるということで、
そのためにできるちょっとした方法も載っていて面白い。臍下丹田呼吸法も。

妹をおぶって授業を受ける女の子の写真が載っている。
おぶり上手におぶられ上手。
腰でちゃんとおぶっている。紐一本で。背負われた妹を横にいる少年があやす。女の子と先生、妹と少年。写真のなかに二つのコミュニケーションが写っている。
身体がコミュニケーションしている!

そういえば姑の郁さんが、今どきのおぶい紐が上手く使えないと嘆いていた。孫をおぶるときに「昔のおぶい紐が一番だわ。」と言っていた。

確かに今は人間の身体の構造を考えつした優秀な育児用品がたくさんあって、抱っこ紐も赤ちゃんの股関節のことを考えて作られている。
でも非常に複雑。説明書みないとどれがどこのバンドかわからないくらい。

郁さんは紐一本でささっと孫をおぶる。紐を胸でバッテン交差してオッパイボーンとなってもかまわずキュッと腰で紐を結べばほら赤ちゃん大喜び!
そんな光景も何度も見た。
改良されていくのはもちろんすばらしいことだけれど、頭で考えるよりも身体が教えてくれるという見事なお手本だった。

ということで、方耳のために更に失ったバランス感覚を非常にとりもどしたい今日この頃。

以前のようなレッスンは考えていないけれど、
家で子供たちと一緒にするストレッチなんてとても楽しいので続けていきたい(でも最後にはいつも「飛行機やって~」で終わる:笑)し、
時間がなかったのと嵌まりそうで怖かった(笑)ヨーガもじっくりやりたい。
この変化はなんだろうかと何日か考えていたけど、そうか、ちょっとだけ力が抜けたんだ。


肚をすえる。身体の芯を強くする。身体でコミュニケーションをとる。

目標は高くしておこう。えへへ。

だって、もう、「こうやって生きて行きたい」と思うくらいのテーマであり目標なのだ。

(2004年11月)
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