日常をこよなく愛するヨーガ愛好家、MAKIのBLOGへようこそ。

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マタニティ&産後ヨーガ IN 府中

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::心の治療のような映画
御年85歳の映画監督、アレハンドロ・ホドロフスキーの映画
【リアリティのダンス】を観賞。
リアリティのダンス


久々に震えるほど心が躍った。
素晴らしい映画に出会えて心が喜んで、翌日もじわじわと幸福感を感じている。

「過去を変えるのは未来」という、私がいつも胸にしまっている希望の言葉があるのだけれど、
ホドロフスキーはこの映画でバシバシと「過去は主観的な見方だから、過去は変えられるんだ」と訴えてくる。
無意識を崩して希望を実現する、というのか。
想像力によって現実をどんどん変化させる。
私のつたない言葉ではとても表しきれないのだけど、ホドロフスキー自身が「これは心の治療のような映画だ」と言っていたその一言に尽きる。

トラウマの解放。意識の作用。
映画を見ながら思い出したのだけど、「無いと思えば無いし、足りないと思えば有るのに透明で見えない。」とメッセージをくれた人がいたなと。

ホドロフスキーが年齢を重ねることについて言及している文章の抜粋。
「誰もが若さから転がり落ちていきますが、たぶん幻想や間違った考えもどんどん失っていくと思います。
社会はこうだと思っていた概念も崩壊していくかもしれません。あなたの中の私という部分も剥がれ落ちていくかもしれません。最後の残るのがあなたそのものです。人生というのはいつも何かを追っています。あなたが追っている何かを実はあなたはすでに持っているのです。


なんと心強い言葉なんだろう。

タイトルの❛リアリティのダンス❜については、
「もしあなたが意識的になれば、常に瞬間、瞬間で、世界は、人生は変わっていることが解る。ダンスしていることが解ります。」と。

哲学的な映画だけれど、まぁ、カルトムービーなので拷問もフリークスも暴力もありでギャグのように描かれるシーンで泣けたり、母親の放尿シーンで生命力の塊のようなエネルギーを感じたり、いったいなんなんだという「謎」もたくさん盛り込まれているけど、響く人にはずんずん響く。

加齢にわくわく感を感じている私だけど、さらに年をとることがますます嬉しくなる。概念の崩壊とはなんて魅力的なんだろうね。夢に生きるんじゃなくて意識の力で自分を肯定していく、そんな風に感じたから、わたしはこれは前向きな映画だとはっきり言える。が、正直たぶんもう一回みたらまたあれこれ考えるだろう。いまはただなんだこのひとは!と衝撃をうけているだけかもしれない。


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::『フラッシュバックメモリーズ』
 昨年の暮れに旧友に会った時、彼の友人ミュージシャンGOMAさんのドキュメント映画がすごくいいよって教えてくれました。
もう何年も前ですが、ライブハウスでGOMAさんの演奏を聴いたことがありました。
その後交通事故にあわれその後遺症で記憶の一部が消えたり新しいことを覚えづらくなるという高次脳機能障害という障害を抱えられたとのことでした。
ディジュリドゥという楽器の奏者であるGOMAさん、以前からヨガをされていたけれど事故の後のリハビリを兼ねて本格的にはじめたと聞きました。
友人が言うにはヨガの呼吸法などが再びミュージシャンとして活躍するに至る助けになっていたみたいだと。
その話にわたしはとても興味を持ちました。

私も片耳が聞こえなくなってバランス感覚を欠いてしまった時、自転車すらまっすぐに漕ぐことができなくなってしまったあの頃、縋るようにはじめたヨガにたくさんたくさん救われました。
身体感覚を取り戻すために夢中で練習をしました。

友人が勧めてくれた映画は『フラッシュバックメモリーズ』といいます。昨年、十分に話題になっていた映画なんですね。全然知らなかったので、本日自宅でDVDで映画を見ました。

私が片耳だけで音を聴くようになってから、いくつか苦手な音というのができました。説明できないのですが、音量とかではなく音の種類、周波数?なのかもしれません。
聞こえないだけでなく常にかなりの音量で耳鳴りがしているのでその関係もあるかもしれません。
実は残念なことに、ディジュリドゥの音がその苦手な音になってしまいました。生で聴くことが難しくなってしまったのでDVDがちょうどよかったようです。
パーカッションとディジュリドゥの大きな生き物が躍動しているような演奏は素晴らしいです。体がウズウズと動いてきます。
LIVE演奏の合間合間に挟み込まれる闘病中の日記や奥さんの言葉、思ったことあったこと苦悩と喜び。言葉は多くの量ではないけれど、どれも心に刺さります。
映像の合間に、GOMAさんがヨガをしているシーンがありました。アシュタンガだな、って思った。先生はどなたなんだろうなーと漠然と思いましたが、調べたらすぐchama先生だとわかりました。(ブログで紹介されてました!)ちゃまぐで紹介されているムービーも是非見てみてください。
「カラダの記憶を解放させてあげる道具のひとつとしてのヨガ」

「体が覚えるまで徹底的にやってみる」
「自分がこういう体になって障害を抱えてはじめて自由とは何かを思い知らされる」


それぞれの言葉に深く頷きます。私が一番刺さった言葉が、
「『自由』とは心の世界の総称で、目には見えない意識だ」というものでした。

不思議だなと思ったのが、事故後の今のGOMAさんには画家という肩書きもあります。事故後記憶の混濁の中、ご自分が画家であったと思ったそうです。
絵を描いていた人間だと。
でも実際絵を描いたことは一度もなかったそう。不思議なことに、それから絵を描き始めいまは画家としても活躍されているのです。

人間の可能性、能力、潜在意識、そして心と体のつながり・・・たくさんのことを考え思いを馳せるドキュメント映画でした。
生々しく失い再生していく体験を通してこそ、BODY,BREATH,EMOTION,KNOWLEDGE,DELIGHTの5つの存在を理解することができるのではないか、そこにたどり着くに至るのではないかしら、と感じました。

とても心に残る映画でした。


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::生きる!
朝っぱらから、映画観てきました。「風立ちぬ」。
ずっとなんとなく足踏みしてたのだけど、ふと思いたって朝9時からの回へ。

実在する飛行機設計士の堀越二郎氏の半生と、文筆家堀辰雄氏へのオマージュとして描かれたストーリーで実在の二郎と辰雄と物語の二郎がごちゃまぜになっていている。
時は大正から明治の激動の時代。関東大震災のシーンも重要な意味を持つ。

美しさと残酷さと愛とエゴと夢と現実と諦めと執着と、やっぱり夢と‥‥。
零戦の誕生に特化したものでも、夫婦愛的なものだけでもなくてね。見ながらいろんなことを考えてしまった。

賛否両論激しいらしいけど、私はもう一度みたいくらいだ。
世の中の裏表を知った大人の映画だったと思う。
これ、もっともっと若い私が見たらどう思うんだろうか。

美しさに囚われて他人を受け入れているようでいなかったり、自分の世界に生きるリスクのようなものがチラチラ見えた‥‥のは、私がもう汚れた大人だからなんだな!ガッツ!

今観てよかったと思う。

午後は自主練しててもずっと映画のこと考えてしまってボーっとしちゃうので、今ベンチで一休み。
泣いたから目が塩辛い。


久々にパンフレットまで買ったよ。
風立ちぬ  KAZETACHINU  映画パンフレット 監督 宮崎駿  声:庵野秀明風立ちぬ KAZETACHINU 映画パンフレット 監督 宮崎駿  声:庵野秀明
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::ジンと胸にキた日々のあれこれ。
久々の<日常雑記スイッチ>。だけどカテゴリーは<movie>で。

今日は年末の第九コンサートに出かけてきました。姑イクさんと。
クラシックコンサート自体とても久しぶり。
耳栓しながら音の洪水に身をまかせて内臓がドクンドクンするようなロックなライブに慣れていたことを、
あの柔らかく包み込まれるような音が気づかせてくれた感じ。

うぅん。どっちも好き。弦楽器の音も久しぶり。ティンパニの響きも久しぶり。
ドラマチックな盛り上がりも、降り注ぐような音のベールも、最高に感動したのでした。

しかし、帰宅後見た浅田真央ちゃんのスケーティングにさらに感動し、感動の更新状態。
2位だったけどいい演技だったな。あのライラック色の衣装も猛烈に似合っていて美しく、柔らかでたおやか。
ジンとしました。

ジンとしたと言えば、映画【ノルウエイの森】観ました。
初版が1987年。学生だった私達に巻き起こった春樹センセーションは今でも忘れられない。
思い入れすぎてキモチワルくなってる人いっぱいいたなぁ。
あの頃からノルウエイの森に心酔している人は、映画なんてかなり複雑な気持ちなんじゃないかしら。
きっと観ない人多いんじゃないかな。
私は、予告を見ながらんーーーーーと観たいような観たくないような気持ちだったけど、監督の名前が出たとたんに、よし、観よう!と思いました。
トラン・アン・ユン監督。
【青いパパイヤの香り】が私は大好きなのです。この映画は監督の処女作だったはず。
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あぁ、あの映像でノルウエイの森かぁ。観てみたい!!とあっという間に一人盛り上がり、一人で観てきました。

キャスティングはとってもよかったと思います。
というか、台詞の言い回しとか抑揚なさかげんとか、淡々と話される登場人物たちの会話が小説の雰囲気を見事に伝えていてびっくりでした。
レトロ感だとか、たまりません。流れるドアーズ、松けんの白いブリーフ、ポルノ映画が見たいという彼女、病んでる菊池凛子。それから、やっぱり美しく湿っぽい映像。
観終わってしばらくジンジンと胸に残りました。
周りで、「原作読んでみたいねー」とかいう声がちらほら。ネットでちらっとみた感想たちも若い方が多く、「昔の本だけど原作読んでみます」って書き込みもありました。昔って。。。
まあいいです。私は初版本センセーション世代ですが観てよかったなって思いましたよ。

それからそれから、24日のクリスマスイブはサンタにならないといけないので忙しかったため、25日の夜にずっと観ないで置いておいたDVD【グラン・トリノ】を深夜から観出しました。観終わったら4時でした。
いやぁ、これもジンと胸に残る作品でした。参った。
ノルウエイの森では泣かなかったけど、グラン・トリノでは最後泣いちゃったわ。
ダーティハリーやミリオンダラーベイビーなどちらちらと脳裏に浮かんで消える彼の姿のどれよりも渋くて深くて味のある演技に、特にラストシーンでの演技に感嘆。
扱っているテーマは重いけれども、最後のシーンは衝撃的だったけれども、それでもなんだか明るい希望の光が最後うっすら差し込んでくるような気持ちに。
いい映画でした。


もう一つ、ジンとしたことがありました。
我が家のクリスマスディナー準備中の一コマ。
一人あたふたと用意を進める私に、姑イクさんが、「ポテトサラダは私がつくるよ」と言ったのでお願いしました。
我が家は完全同居のため、もちろん台所は共有。というか、ほとんど私が立つんだけれど、この日のようにめずらしく二人で立つと、腕はぶつかるわ尻はぶつかるはガス台は順番待ちだわでけっこう面倒くさいので台所のテーブルも使って二人で作業をすすめなければなりません。
背中向け合って作業していたのですが、背後で母が「はい!できた」と言いました。
ふりかえってみたら、ポテトサラダのクリスマス仕様が出来上がっていました!!
可愛い~!!
ポテトサラダ
テーブルの上でもくもくとこれを作っていた母。「ポテトサラダひとつにえらい時間かかるなー」とか一瞬でも思ってごめんなさい(懺悔)
蒸かし鍋でジャガイモを皮ごと蒸かし丁寧に布巾で皮をむき、包丁の先でにんじんを星型に切り、刻んだたまねぎはぎりぎりまで水にさらして辛味を抜き、ミルで引いた胡椒で味付ける。丁寧に丁寧に。
これ、美味しくないわけがないね。
なんだかジンとした夕餉のひとときでした。

残すところ今年もあと5日。またどこかでジンとしたらお伝えしたいと思います。

では、また。

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::God bless you (マイケル・ジャクソン「THIS IS IT」)
昨夜、子供達が寝てから、じーちゃんばーちゃんによろしく頼んでJGと一緒に近所の映画館へレイトショーを観にいってきた。『THIS IS IT』。やっとだよ。やっと観に行けた。

MJの熱狂的なファンである某友人や、とても熱心に彼の音楽を聴いていた某友人たちに比べたら、わたしなんて大した観客ではないけれども、80年代が青春だった一人としてやっぱり見ないではおけないだろう。
聞く人聞く人、すこぶる映画の評判もよかったし。

ある方がとても上手いことを言っていた。「『THIS IS IT』を観に行くことは、まるで昔の恋人に会いに行くような感覚」だと。
なるほど。
私は「あの頃の空気」を吸いに行くぐらいの気持ちだったかな、と思う。

あの頃とは、これが笑っちゃうぐらい売れていた頃。
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当時夢中だった華やかな音楽シーン、マドンナやJAPANやデュランデュランやカルチャークラブやPOLICEやプリンスやスパンダー・バレエやユーリズミックスなどと一緒に親しんでいた洋楽の一つ。
何週も何週も一位に輝いていて、欠かさず観ていたベストヒットU.S.Aのせいか、
今でもスリラーのMJとセットで小林克也が脳内に現れる。
それが“あの頃”の思い出。

かっこよかったなー。
私はこの一枚しか持っていないし他の彼の作品にはなじみがない。
だから、映画、「THIS IS IT」を観たあとに「これがリハーサルだなんて。完成された本ステージが是非とも観たかった!!!」と鼻息あらくしたものの、冷静に考えたら彼がいなくならずに予定通りにライブが行われていたら私はきっと観ていない。
悲しいかな、彼が死んでしまったがために、この映画で彼の才能をあらためて痛感したわけだから。

リハーサルシーンをつないだ映画だというのが念頭にあったせいか、思いの外クオリティの高い作品で驚いた。
スタッフの声、共演者の心情、舞台裏の風景、作り上げる過程が映し出されるのだが、それに上手くつなぎ合わさっているステージのシーン。ほんとうに良く作られていた。
これ、リハーサルだよね???と何度も思った。

スタッフが盛り上がり、きっとマイケルも気持ちが入ってしまったんだろう、歌い終わったあとに、
「歌わせないでよ」って笑いながらいうシーンがあった。(彼の中ではちゃんとセーブして、調整しながらやっていたんだろう。それが、ついつい盛り上がって歌ってしまったと)
歌っていいのに。「歌っていいんだよ」とやさしくスタッフに声をかけられたいたマイケル。・・・・なんか胸が痛くなる。

リハ中の彼は本当に真摯で謙虚で穏やかだ。
たまに声が上がるのはよりよいものに創り上げるための厳しい目でジャッジするとき。
ほんの少しのタイミングに全身全霊をかけて指示をだす。
ミュージシャンの一人が具体的に(その長さ、タイミングを)言ってくれというと、
「まるで月光が染み込むくらいの間」というような表現をしていた。

あぁ、凡人にはわからない。月光が染み入る間。詩的でちっとも具体的ではないと思われるその表現が彼にはきちんと現実味のある「間」なんだろうな。

「浮世離れしすぎてる」と見終わったあとに隣でJGが言っていた。
そう、後ろに従えているのは世界トップクラスのダンサーやミュージシャン。きっとマイケルよりずっと若くエネルギー溢れる人たち。
なのに誰もマイケルの佇まい、ダンス、歌、パフォーマンスには敵わない。
敵わないっていうか、もう、ひとりだけ別物。

そんな孤高さが悲しい。すばらしくて目がくらむんだけど、悲しいのは何故だろう。

周りは彼を神のように崇め(実際、幼い頃からマイケルがスターだったとか、憧れだったとか、語っているミュージシャンやダンサーばかりだ)心酔している。
スタッフもフレンドリィな態度が不自然なほどどこか距離がある印象。
「いいんだよ、MJ。すばらしいよ、MJ」そう声をかけるスタッフの、どこかデリケートな子供を扱うようないたわりのまなざし。
そんなのを感じてしまって、妙にさびしくなったりして。

そしてマイケルはずっとずっと先へ行く。手の届かないところまでのぼりつめていってしまう。
【HUMAN NATURE】で涙がでた。
あのアルバムの中で一番すきだった曲だ。20年以上前にウォークマンで聞いていた美しい声はなにも変わらずそこにあった。
ボーカルを「張替えの聞かない楽器」というが、彼に限ってそれはないように思うほど。

映画の最後に彼は言う。
「ちょっとブレイク(休憩)をとりたい。ジャケットのボタンをかけなおしたり、焦らす時間がほしいんだ」
って。

この映像見る限り、数日後に死んでしまうなんて、誰が思うだろう。

MJ、無念だっただろうな。
いや、すこし安心してるのかな。

才能背負って先に先に行き過ぎて、見失いそうな姿はやっぱり浮世離れしていて、
凡人にはこの最期をどう受け止めていいかわからない。
わからないけど、もう一度、やっぱりもう一度その姿がみたくって、
「もう一回観にいくか。」って言ったJGに、「わたしもそう思ってたー」と答えた。

「とくにファンじゃなかったから」という方も、ぜひ。
素晴らしい才能をもって生まれ、ずっとずっとその才を輝かせていたんだなと今更ながら胸が震えるから。

God bless you.

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::サマーウォーズ
先日一人で観て、ひっそり泣いて、帰宅後(レイトショーだったので12時過ぎ)顔も洗わず布団にもぐりこんだ。
オットが夢うつつで「なにみてきたのー」と聞いてきたので、
サマーウォーズだよ」とだけ答えてすぐに寝た。
サマーウォーズ
先日の日記にも書いたが、
『家族のバイタリティを描く』っていうのは今の私にはクリティカルヒットだったのだ。

まず、私は細田守監督の「時をかける少女」の大ファンなのだ。(「未来で待ってる!」に胸がキュンキュンしたくちだ)
時をかける少女 通常版 [DVD]時をかける少女 通常版 [DVD]
(2007/04/20)
仲里依紗石田卓也



そして、キャラクターデザインの貞本氏の描く胴長で綺麗にしなる背中や腕と指のラインがとても好き。エヴァのスーツよりも制服がいい。

ネタバレしませんよ。
内容が知りたい方は公式サイトのストーリーをご覧下さいね。

何がすごかったかって、対極にあるもの同士の絶妙なバランスとそれらの共存

アナログ + デジタル
バーチャル + リアル
田舎の自然 + ハイテク都市
PC操作音 + 鉛筆の筆音
高校野球 + アバターゲーム

などなど・・・・・。

田舎に住む少年カズマ(わたしは主人公のふたりよりどうも彼が気になってしかたなし)がPCオタクの現代っこなわけだけど、その力で家族を守るのね。
映画を見終わったあとに、大人は子供を守ると意気込むけれどこんな「戦争」だったら即戦力になる子供たちに大人のほうが守られちゃうんだろうなと漠然と思った。

だけどね!
そんな戦争がはじまっている時でも、生身の血の通ったばあちゃんの生き様と言葉がやっぱり家族を救うわけなんだよね。
うぅん、深い!

とにかく観てみて欲しいな。
神木くんの声優っぷりもよい。

この夏おススメ!!・・・って、もう夏も終わるわね。



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::ドキュメンタリー映画『1/4の奇跡~本当のことだから~』上映のお知らせ
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このたび、東京都府中市にて、ドキュメンタリー映画『1/4の奇跡 ~本当のことだから~ 』
が上映されることになりました。
映画の詳細はHPをご覧下さい。
予告動画↓



【上映日時】 2009年5月24日(日)

    12:30開場
    13:00開演
    13:05 ~   ゲストトーク  「いのちを見つめて」 
             まんまる助産院 助産師・椎野まりこ

    13:50~「1/4の奇跡」映画上映
    15:45終演予定

    ★前売 一般1200円/高校生以下700円  
    ★当日 一般1500円/高校生以下900円
   (未就学児無料)
      ※前売りのお申込みはこちらの頁の府中市上映詳細よりお願いします。
        まんまる助産院でも扱っています。

【会場】 府中市中央文化センターひばりホール

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::キョンキョンだっておばさんである。
『グーグーだって猫である』を観た。ちゃんと吉祥寺バウスシアター@レディスデイに。
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24年組の巨匠大島弓子の原作は未読。ストーリーもぼんやりとしか知らず、
ただ、友人の熱い語りに感化され仕事のあとに一人でふらりと行ってみた。
大島先生の自伝的エッセーの映画化とのことである。

先週友人宅にて朝方4時まで飲みながら語らった内容のひとつに、この映画のテーマがあった。
一足さきに鑑賞した友人によると、とにかくキョンキョンが年相応の老けっぷりでいいのよ!とのこと。
あのキョンキョンがよ??ちゃんと、いい感じに年とった顔してるのよ。好演だよ。
私たちの世代の不安やいきなり突きつけられる問題を非常にリアルに演じていると。しかも、あんな浮世離れしたキャラの主人公を等身大の姿で演じるのは難しかっただろうに。

わたしらは、彼女のかわいいけどちゃんとおばさんになっている姿にとても好感を抱く。
そういうもんでしょ。エイジレスはもういいよ。歳相応、等身大、それが魅力的だっていうことのほうがきっとすごく難業よ。劇中、Tシャツを脱いだ豊満な身体の脇っ腹のお肉にいとしさを感じる。ビバ40代。

“雰囲気で観る映画”って誰かがいってたけど、まさにそんな類の映画。
いろんな年代の人が観にきていたけれど、「生きること、ずっとは生きられないこと、いつなにが降ってくるかわからないってこと」をまさに感じ始める私たちの年代には甘く切ない余韻を残す。
甘さの一部はニャンコのたまらない可愛さ。主人公の猫愛。

梅図先生もでてくるし、「いせや」で酒をのんでるし、象のハナコもでてくるし、ミートショップサトウのメンチカツも登場で、吉祥寺がいっぱい。

残念だったのは、友人がうっとりしていた加瀬くんの裸。あたしの好みではなかったわ。
痩せすぎだったわ。
いやいや、そんなことより、あの不思議好感度まんまんな青年と天才漫画家との恋の行方をもっと濃く描いてくれたらうれしかったのに。

それを友人に言ったらば、
「加瀬くんの台詞、『酔っ払ってパンツまでぬぐ作戦』っていうのにやられたよ。あたしならほっておかない!どうしてそこでキスしない???」とやきもきしていた。彼女も充分多感なオバサンである。
それをしないからこそ大島ワールドなんじゃないか!!(?)

あえてストーリーには触れなかったけれど、“雰囲気で観る映画”なので、鑑賞後のいい気持ちが残ればいいか、というような映画だ。だから、ネタバレはやめておく。

にゃん。




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::『かもめ食堂』と新年会
いつも日記を書いた最後に、カテゴリー分けをする。
今日の日記はカテゴリ分けに非常に困った。
「映画」か「愛しひとびと」か。

+++

(2006/09/27)
小林聡美

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かもめ食堂を鑑賞。本日で4回目である。

ヘルシンキに食堂をかまえるサチエ@小林聡美は、お客さんがまったく来ない日々であっても、毎日きちんと掃除をして食器をぴかぴかに磨き、自分の信念を曲げず「真剣にやっていればいつかお客さんは来ますよ。」と凛としている。サチエの無駄な力が入っていないところ、飄々とした前向きさ、芯の通ったライフスタイル、そんなものがとても魅力的なのだ。

人々がそれぞれ持つ欠けた部分、またその部分をさりげなく埋めあう人間関係。
そういったものにも静かに惹かれる映画で、忙しかったり疲れていたりすると、ついまた観たくなってしまうのだ。

なんというか、中年女たちの「いい感じ」がゆるゆると漂う美しい映画。

この映画のことはここでもちょっとだけ記事にした。
このとき書いたきっかけは、「女友達」と「かしましさ」と「食堂」がリンクしたからだった。

今日もそんなキーワードが見事にリンクした、ひじょーーーに楽しいひと時をすごしたので、
家に帰って夕飯のあと、たまらずまたこの映画を観てしまったのだ!!

+++
その楽しかったという会は、ずばり、新年会。(今頃なのよ・笑)
繋がりはやはり、「女友達」と「かしましさ」と「食堂」。
今日の食堂は調布にある「野菜食堂」

メンバーは、お仕事上では大大センパイのお二人。でも同じようないい年齢であり、住まうところも近くって、安心して心を繋げられる大好きなお二人なのだ。

こんな美味しそうなカレーをいただき、
野菜カレー

ビールを飲み、スイーツまでいただいて、お腹パンパン。(なぜか取材までうけ)あっという間の楽しい時間だった。お店を出ても話し足りなくて立ち話。かしましかしまし・・・・。
一年前の自分は、こんな場所でこんな人達と腹のそこから大笑いしているなんて、思いもしなかった。
ありがたくて泣けてくる。

記念に最後に笑った会話を記しておこう。

「“同じ時代に生まれてよかった~”なんて思える人がいるのって幸せよねぇ~」
「わかるわかる!!」
「ほんとだよねー!これがザビエルとかだったら悲しいもんねー」

・・・ザビエル・・・・。
た、たしかにね、ザビエルに恋してもあまりにも遠い存在でそれはそれは切なかったと思うよね(真顔)


+++

本日の鼻歌。

わかってもらえるさ

♪気の合う友達って
たぁくさーんいるのさぁー
今は気づかないだけぇー

街ですれ違っただけでわかるようになるよ~♪

(by RCサクセション)


SHINE

心の奥繋げたら信じてもらえるのにね
今見えなくても失くさないでいて
その優しさは無駄じゃない~♪

(by L')
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::『やわらかい手』
「本当に大事なのは、自分が自分をどう思うかです」
(マリアンヌ・フェイスフル インタビューより)

IRI-NA

『やわらかい手』(IRINA PALM)をみた。
切なくて可笑しくてたくましくて凛としていてたまらなく良い映画だった。

内容をちょっと書くと・・・・・(ネタばれ有り)

+++
ロンドンに住む未亡人のマギー(マリアンヌ)は、重病の孫の手術費用を稼ぐために仕事を探す。ずっと専業主婦であり、中年という年齢の彼女はかたっぱしから断られるなか、とある場所の「接客業」の面接に行く。
“とある場所”というのは、ソーホーにあるセックスショップ。
“接客”というのは、ラッキーホールという穴に男たちがつっこんだものを手でしごいてイカせるっていう仕事。(※劇中オーナーがこの“ラッキーホールは日本に行ったときに知ってそく取り入れたんだ”という台詞があって、なんだかショッパイ気持ちになる私)
面接をしたオーナーのミキの方がびっくりだ。だけど、マギーのやわらかい手をさわり、彼女を雇うことにする。
マギーはみるみる店の売れっ子になっていき、彼女の穴の前には長蛇の列ができちゃうのだ。
+++
マギーの、この仕事をすることへの葛藤、やると決めてからの潔さ、どんな仕事であろうとめちゃくちゃ真摯に取り組む姿勢。(←一生懸命やりすぎて、テニス肘ならぬ、ペニス肘になっちゃうほど!!)
この様子を見事に演じていたマリアンヌ・フェイスフルに拍手喝采の私であった。
挙動がいちいち面白くて、でも切なくて泣けてくるのだ。
孫を救うため。そこにあるのは「愛」だけなのだ。

看病につかれている両親(マギーの息子夫婦)とのやりとり、噂好き&干渉大好きのご近所さんたちとの関係、死んだ夫とのこと、そしてオーナーのミキとの距離。
あちらこちらから切り込んで、ストーリーが進んでいく。

とにかくマリアンヌが愛しくて、あのタレ目に表されるさまざまな表情が胸にしみて、
ポロポロと涙がながれてしまった。

源氏名がつき、孫を救いたい一心でお金を稼ぐのだが、彼女がどんどん変化して自信をつけ、
美しくなっていく様も素敵。
また、そんな母親を受け入れられない息子の葛藤と最後の和解。その間も揺るがない母性。
思わず泣けてくる場面がたくさんなのだ。

ほんと、おすすめ。
ル・シネマでは2月8日(金)まで!!!ぜひ!!

(公式HPより抜粋)

圧倒的な母性を持つ主人公マギーを演じたのは、かつてミック・ジャガーの恋人としてだけでなく、貴族出身の気品と美しい容姿で世界中を虜にした伝説のミューズ、マリアンヌ・フェイスフル。スターの座からの転落・ドラッグ中毒・ホームレスなどの壮絶な実人生を乗り越え、女優としての堂々たる復活を果たした。平凡な主婦が自信をつけ、女としての魅力をしだいに開花させていく変化を見事に演じきる。人生のどん底を知る彼女だからこその説得力ある演技と圧倒的な存在感は、観る者の心をつかんではなさない。近年『マリー・アントワネット』(06)のマリア・テレジア役や『パリ、ジュテーム』(06)のガス・ヴァン・サント監督編への出演など、印象的な脇役での出演を重ねてきた彼女だが、本作の脚本を読んで即座にオファーを快諾、『あの胸にもう一度』(68)以来実に38年ぶりの主演映画となる。マギーの揺るがない強さや潔さは、マリアンヌ・フェイスフルその人自身に重なる。彼女は、年輪を重ねた今もなお、「美しい人」であり続ける。



A Stranger on Earth: An Introduction to Marianne FaithfullA Stranger on Earth: An Introduction to Marianne Faithfull
(2001/10/30)
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Marianne Faithfull's Greatest HitsMarianne Faithfull's Greatest Hits
(1990/10/25)
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::『モンパルナスの灯』
mon
モンパルナスの灯

ずっとずっと観たいと思っていたのに、なかなか縁がなかったこの映画。
ジャック・ベッケル監督作品の「穴」が強烈で、あのモノクロ映像の、こころにギリギリと迫ってくる空気はこの映画でも同じだろうか?あの映像で綴られるモディ&ジャンヌなんてこころしてみないとぐったりやられてしまわないだろうか?
などとパッケージを手にいろいろ思いつつ、鑑賞開始。

もう、ジャンヌ役のアヌーク・エーメの美しいこと!!!
ため息がでてしまう。役柄的には「男と女」のアヌーク・エーメの方がすきだけど。
献身的にモディに寄り添うジャンヌが健気っていうより痛々しい。貧乏なのにちゃんと美しいとこがすごい。
余談だが、モディリアーニとジャンヌ展(感想はこちら。)を観てからこの映画を観たわたし、大正解。
特に、ジャンヌがどんな人物だったのかを知った上で観られたのはよかったと思う。

この映画、他の俳優達も存在感があって、映画をどんどん色づけている(白黒だけど)ところが面白かった。
とくに、モディリアーニの前の彼女が非常にコケットリーで可愛く美しい。やっぱりいい男にはいい女。ダメ男でも絵になるのだ。

見るからに優男でパリジャーン!な、モディリアーニ役のジェラール・フィリップ、映画の翌年にモディと同じ36歳でなくなっているそう。
この人のラストの演技は圧巻だった。
アメリカの富豪が絵を買ってパッケージのデザインに使うと言ったときの、お金よりもプライドを優先させたあの演技も素晴らしかった。

衝撃的っていうか、ポカーンと置いていかれる感のあるラストはベッケル監督の得意技?
2本しかみたことないのでわからないけど、この映画もラストは観ていただかないことには上手く説明しようがない。が、ポカーン・・・だった。
ジャンヌの身投げで絵画展は締めくくられていたが、この映画はモディの死でしめくくられる。
そして、死んだ直後に「認められる」兆し・・・。あぁ、こわい。あのラスト。

「人に認められずに死んでゆく」

このことが、ただただ悲しい。と、思った映画だった。

できることなら、今、再び「モディリアーニとジャンヌ展」を観たい。どっぷりと二人に浸りたい。
そんなキモチ。
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::『VOLVER <帰郷>』

(2008/01/01)
ヨアンナ・コバ、ロラ・ドゥエニャス 他

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とりあえず、アルモドバル作品だっていうだけで私のメーターは高めになる。
このときなんて、いきなり愛の告白してるし。

またまたこのポスターも素敵だし、パンフレットにもやられた。私的に涎物(笑)


とにかくまず、このサイトから流れる歌、♪VOLVER をお聴きくださいませ。

劇中ではペネロペ・クルスが熱唱しているんだけど、実際に歌っているのはカンタオーラ(フラメンコ歌手)のエストレージャ・モンテ。
歌も素晴らしいし、演技をしているペネロペも本当に歌ってるカンタオーラのようで、心にぐっとくる。私はまずここで震えて泣いてしまった。
即効この歌が入っているCDを購入。以来、ずっと聴いている。


(2006/09/25)
Estrella Morente

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『オール・アバウト・マイマザー』『トーク・トゥ・ハー』に続く女性賛歌3部作といわれ、この作品を発表したときに、監督のアルモドバルは「自分自身や愛する人の死だけでなく、全ての死を受け入れることができず近年大きな痛みと不安で生きることも辛かった」と言った。

そして、再び生きる力を沸かせたこの作品は、アルモドバルの故郷を舞台に、母の愛と力強く生きる女性たちの姿を描いているのだが・・・・
ほんっとに、こんなに女心が解る(というか、描ける)のもすごいし、ちゃんと心から賛歌を送っているのがひしひしと伝わるのが凄い。
やっぱり、大好き。アルモドバル。


ペネロペ演じるライムンダの夫は失業中で、ライムンダは毎日働き通し。そんなときに一人娘のパウラに「本当の父親じゃないから」と関係を迫る夫。娘は抵抗し、包丁でこの父親を刺し殺してしまう。
ライムンダは近所の営業していないレストランの冷凍庫に遺体を隠し、ころあいを見計らって川のそばに埋めるのだ。
その間も閉店中のレストランを勝手に開店させ、映画を撮影中のクルーを相手に料理を振舞うようになる。
ここで、華やかな夜に、ライムンダはあの、VOLVERを魂こめて歌うのだ。(嗚呼、涙。)

なんとなく、オットが死んだこととか、埋めたこととか、段々映画を見ていくうちに忘れそうになるくらい(笑)、だんだんライムンダと娘と叔母と母親と姉と叔母の近所に住む友人に焦点があってゆき、死んだはずの母親が現れて亡霊騒ぎがあったり、その死んだはずの母親と再会したり、物語は思わぬ方へ進んでゆくのだ。もう、女だらけである。サスペンスでもホラーでもない。これは、熱く濃い「血」のお話。
彼女たちは「秘密」を持って生きていて、だからこそ、逞しい。

はっきりいってストーリーを書いてもなんのこっちゃ?と思うと思う。これは観ないとわからないだろう。だから、観てね(笑)

ペネロペがこれほど素敵だとは!!!とまず、思った。彼女はやっぱりスペイン語じゃないとね!!
彼女をはじめてみたのは【ハモンハモン】でだ。デビュー作だったのね。スクリーンにはまだ少し太っていてあか抜けないペネロペがスペインの大地で食べて泣いて笑ってセックスしてる。
当時、後のオットJGとこの映画を観に行った。私はその20日後ぐらいにスペインに行く予定になっていた。
映画を見終わったあとJGが、「マキちゃん、こんな国に行くのか・・・・・」と途方も無い目をしたのを今でも覚えている。可笑しくて噴出したんだった。
ハモン・ハモン 無修正版ハモン・ハモン 無修正版
(2005/09/22)
ペネロペ・クルス

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私はほんの少しの滞在者だったにもかかわらず、映画を観て懐かしさで胸が張り裂けそうだった。あの国は一度でも足を踏み入れるとその肌に感じたものが身についてしまうよう。
土臭くて、誇りっぽくて、華やかで、独特の色彩と湿度。この映画でペネロペはつけ尻をしているそう。そうそう、スペインのおかあちゃんはお尻がどでかい。
そして、アイラインはぐりぐりと濃く、柄のブラウスに柄のスカートなんてあたりまえで、赤くて黄色くて青くて黒くて・・・色が溢れている。
女はおしゃべりで、わがまま。そして尽きぬ、母の愛情。
この思いを纏めるのは無理だと思うのでこのへんで(笑)

最後に、アルモドバルの言葉を書いておく。

「この映画を通して、私は必要な弔いの時期を過ごしたように感じている。心の中の空洞は埋められ、自分の青春期などの、とうに別れを告げるべきだった何かに別れを告げることができたのだ」


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::バクダッド・カフェ

(2003/04/25)
マリアンネ・ゼーゲブレヒト

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ということで買ってきました。DVD。
何年ぶりに見たんだろうなぁ。映像の美しさと♪コーリング・ユーが上手い具合にからまって、
心温まる話なのに初めて見たときはボロボロ泣いてしまったのを思い出した。


++++++++

車でラスベガスに向かう道中、ドイツ人ジャスミンが同乗していた男性と喧嘩して道に放り出されてしまう。
トボトボ歩いて行き着いた寂れたバクダッド・カフェ。
そこのボスはオニババのようなおばちゃんブレンダで、はじめからものすんごいヒステリーで登場。
暢気な夫をどやし続けあっという間に夫は逃げ出してしまう。
そんな女性二人が出会って、ジャスミンは一方的にブレンダに嫌われて疎ましく思われるんだけど、
とくに何のアプローチをするでもなく「うんうん」と頷いているくらいのジャスミンがだんだん周りの人間に受け入れられ愛されてゆく。

周りの景色も時間の流れもなにも変わらないというのに、いつの間にか乾いたものが湿ってゆくのだ。人と人が関わって。
ブレンダが「人の子をかまうな。自分の子と遊べ」と暴言を吐くと、ジャスミンが「子供はいないの」と静かに言った。それをきっかけにブレンダも「仕事と子供のことで忙しくイライラしていた。夫も出て行ってしまったし。」というようなことをポツリと言う。このあたりから彼女の心が溶けていき、ジャスミンは突然マジックを披露しはじめ、周りに活気がでるは、店は繁盛するは、こどもたちも懐くはで、ブレンダの表情も別人のように変わっていくのだ。

とにかく太っちょのジャスミンが本当にキュートなんだわ。
二人の女性の友情を中心にカフェに集っている人たちがどんどん仲良く家族のようになってゆく中、「仲が良過ぎるわ」と出て行ってしまう常連客の女性の存在もいい。

ジャスミンに好意を寄せる画家の男性が彼女の部屋を訪ねてくる最後のシーンで、下着姿の彼女がドア越しに「部屋に入るのは画家として?男性として?」と彼に聞く。答えが「男性として」と答えたのを聞くと一瞬服を着替えようとする彼女だが、ちょっとためらった後そのままの姿で男性を招きいれる。
このシーンが可愛くて大好き。

最後はハッピーエンドなのに、当時なんであんなに泣いたんだろうか。私は。
++++++++++

今回見た感想は・・・時間と空間に焦がれるって感じでしょうか。
「ちょっとみんな暇だねぇ・・・」と言っちゃうくらい時間がたっぷり横たわってるんだよね。
淡々と満遍なく。
忙しくてイライラしているのはブレンダくらいで、あとの人は皆すごい有り余る時間を持っている感じ。だけど満たされているわけではない。それが小さなカフェに濃縮されていて周りにはただ砂埃がまっている。

退屈にみえるけれど、自分の新鮮な時間を自由に使える感じに焦がれるな。淡々と流れてゆく時間のなかでこれといった盛り上がりがあるわけでもないけれど、じわーっと心にしみこんでくる。これはきっとあの砂漠の風景がなければこうも行かないだろうな。

見終わった後もまるでロード・ムービーを見た後のように風景がずっと残る。

++++++++++

これを見た頃(もう15年くらい前?!)むさぼるように映画を見ていたなぁ。
稼いだお金は映画とライブとスタジオ代で飛んでいってたなぁ。
当時隣で一緒に見ていた顔は今も変わらず隣にいるなぁ。
「パリ・テキサス」も「ダウンバイロウ」も「さらば青春の光」もあれもこれも、この人から教えてもらって見たんだよなぁ。
などなど、見終わった後ぼけっと画面をみていた。

「バクダッド・カフェ、はじめて見たとき泣いてたよね・・・」
「?!」

憶えてなくていいです。そんなこと。

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::バッド・エデュケーション

(2005/11/25)
フェレ・マルチネス

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アルモドバル、あいしてる!
素晴らしい映画をありがとう!(感激屋さんでごめんなさい)

『トーク・トゥ・ハー』も最高だった。でもこの映画を見た後の心にジワっとくる感動とは違って、『バッド・エデュケーション』は身体も心も泣きたい気持ちになった映画。
実際涙はでなかったけど、確かに身体のどっかで泣いたという感覚。
アルモドバルは人と人とのどうにもならない関係や悲しみや業を描くと絶品だ。


「誰も見ていない」「いや、神は見ている」

この台詞が印象的。これが背徳の味?

劇中少年が、少年に思いを寄せる神父が作詞した歌を歌うシーンを何度もみた。歌詞を一部抜粋すると、

愛の炎は花びらを色づかせ かくも美しく花を咲かせる
花は燃えるような色で咲き 想いに応えるよう芳しい香りで包み込む


二人の間には言葉がないのね。

こればかりでなく、この映画中には台詞以外にも終始無言の心のやりとりが流れる。すれ違う様がまた切ない。

相手が自分を、または自分が相手を、本当に受け入れているのかどうかその真意は身体の繋がりだけでは解らない。


ラストシーンも無言だ。無言だけれど報われないどこにもいけない思いがふつふつと立ち上るのが目に見えるようだった。

ガエル・ガルシア・ベルナルより、私はなんといってもフェレ・マルチネスがよくてまいった。心の襞がその顔の表情の影にまで現れているようだよ。
(このフェレ、『トーク・トゥ・ハー』の無声映画に出てくるどんどん小さくなる男の人ですよ。)
しかし、監督はガエルにえらい力を注いでいるのが特典映像みるとわかってしまうね・笑

構成も素晴らしく、劇中劇そしてまた劇。あれ?あれ?と思いながらも最後はすっきりとまとまっていることがわかる。
素晴らしい。

そして全編を覆い尽くす独特な“色彩”に陶酔したのも見終わった後の満足感を増した。
(スペインの、あの「色」を日本にもってきても同じ色ではないの。光の加減とかで国や場所によって色は変わってくるというけれど、スペインはそれが顕著に感じられる。
アルモドバルの映画を見るといつもそれを思い出す)

余談だけれども、スペインの南の町に滞在していたとき、衣装を縫ってくれるお針子さんのアパートを訪れたことがある。バスを乗り継ぎたどりついた、かなり田舎町だった。
後から知ったのだけれども、その辺りのピソ(アパート)の群れの住人はほとんどが同性愛者なのだそうだ。お針子さんは女性で旦那さんは男性の普通の家庭だったけれど、部屋中に飾られていた素敵なドレスを着たダンサーの写真を誇らしげに指差し、
「綺麗でしょう?彼女。ほんっとうに美人なのよ?私の自慢の弟なのよ!!」と言っていた。

映画の中にも壁にいっぱいに写真が飾られていて、そんなのをみたらあの田舎のピソを思い出し懐かしくなった。
そしてなんとなく『欲望の法則』を思い出したことも書いておこう。
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::真珠の耳飾の少女

(2005/01/25)
スカーレット・ヨハンソンコリン・ファース

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やっと観ました。公開当初観たくてうずうずしていたのに、すっかりレンタルされるまで忘れていたなんて!
慌てて借りてきて観ました。

冒頭の、絵画の中のような色彩で映し出される台所で野菜を刻むシーンを見ただけで心奪われました。

映画でも音楽でもまさに今自分が求めている要素を持っている作品にタイムリーに出会うと、本当に幸せだなぁと思います。

画家フェルメールと使用人の少女グリート。精神的に惹かれあう二人に嫉妬する妻。ちょっかいだすパトロン。意地悪な娘。娘婿の絵をお金にしようと現実的な義母。

ものすごい緊張感ですね。舞台のほとんどがフェルメールの家の中なので空気がやたら濃厚なのです。
そのなかで、少女の色彩感覚に才能を見出し、絵の具の調合を手伝わせ、終いには彼女をモデルにするフェルメール。
画家を尊敬し常に緊張し、しかし確実に男性として彼に魅かれて行く少女グリート。

はぁ。あの・・・・なんですかね・・・精神的な愛でキリキリするのですよ。
周りが許すはずもない二人の関係なのですが、もう針の穴を通すような緊張感って言うか、なんていうか。
肉体関係が無いところがいいのです。それなのに、いや、それだからか、究極のエロスを観てしまいましたよ。

いいですか?想像してください。

画家が少女の絵を描いている。
どうしてもその耳たぶに真珠のピアスを描きたい。
使用人の少女は真珠のピアスなどに縁がない。
画家の妻のピアスをこっそり持ち出し、それを少女に付けるように言う画家。
「ピアスの穴はあいていません」下をむく少女。
蝋燭の火を挟んで向かい合う二人。

「あなたがやってください」と針を手渡す少女。
画家が針を火に翳し、そっと少女の耳に触れ、すっと穴をあける。
頬に息がかかるほどの距離。痛みに顔をしかめる少女。耳たぶからは鮮血。


ね?
美しくて官能的でクラクラします。

って、あなたが書いたってちっともそんな感じしないわよ!と思った方は是非映画をご覧下さいませ。

そして、もっとちゃんと映画について教えてよ!と思った方はこちらがお奨めです。Takさんのサイトでありとあらゆるフェルメールに関することが解ります。

それにしてもフェルメールの家がとても興味深かったです。使用人の寝床、地下室、中二階、
入り組んだ間取り、裏庭、屋根裏、台所、アトリエ、窓。
是非「お宅拝見!」させていただきたいほど興味津々でした。

私は迷わずDVDを購入いたしました。どっぷりとフェルメールの絵画の世界に浸ってます。
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::沸騰寸前(como aqua para chocolate)
赤い薔薇ソースの伝説
ラウラ エスキヴェル Laura Esquivel 西村 英一郎 / 世界文化社

というメキシコの映画を、最近また無性に見たくなっている。

10年くらい前に、本を読んで、スペインの片田舎の小さな映画館で映画を見た。

原題は「como agua para chocolate」という。

チョコラーテ(ココア)のために沸かした水。熱い水。沸騰寸前という意味で使われるそうだ。
断然邦題よりも原題のほうがいいと思うが、意味がピンとこないのかもしれない。

摩訶不思議な映画なのだけれど、
“主人公の女性の気持ちが料理に込められる”ため、その料理を食べた人は官能的になったり、恋しい人を慕って泣いたりする。
「台所」と「料理」と「官能」がモチーフで台所の映像なんてすごく綺麗だった。
本にはメキシコの家庭料理のレシピなども載っていたと思う。
へーんな映画!と思う人も多いだろうけど、うっかり泣いちゃう女性もかなりいるのではないか。

10年も前に、しかもスペイン語で見ただけなので、今また見たらどんな感じがするだろう。

ティタ(主人公)自身が薔薇のソースに溶け込み、それを食べたペドロ(想い人)の体に侵入する。 
なんてエロチック。

-気持ちがこもった料理は覚悟して食べましょう。-

今また突然思い出して、本を探しているところ。映画も是非またみてみたい。

その頃からずっと心にひっかかっていた言葉が、

como agua para chocolate

沸騰寸前、思いが溢れ出す寸前。エロチックな意味で使われることもあるらしいが、
その意味もさることながら、日本語のように「水」が熱くなって「お湯」という言葉に変わるのではなく、そのまま「agua」(水)という単語が入っているところも好き。


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