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::重齢の愉しみ
1/41―同級生を巡る旅1/41―同級生を巡る旅
(2003/02)
菅野 ぱんだ

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先日、菅野ぱんださんというフォトグラファーの【1/41】という本を読んだ。彼女の、小学校のときの同級生41人の「今」を取材してまとめた一冊だ。
これがなんとも面白くて、終始、「そうそうそうそう!」と膝をたたきながら読んだ。(楽しくてワッハッハということではない。)
この方、同年代で、生きてきた時代背景が思いっきり自分とシンクロするから時にはアイタタタタと痛みまで思い出すような文章をかかれる。
自分をリセットしたい切実な願望、力づくでの再生、地に足が着いて手にしたキャリア。過去のあの時があって今があるっていう行程が、もちろん自分と同じわけではないけれど
一言で言うと「わかる!」かんじだったのだ。
ちょっと甘酸っぱくて痛くて暖かくて時にとても頼りなくて、最後は力強い。「よし!」という気になった。

++++++

私はずっと自分よりも年上の、先を生きている人に焦点をあてて、「ああいうふうになれたらいいな」だの、「こんなふうに言えるおばさんになりたいな」だの、「こんな生き方素敵だ」だの、思ってた。カッコイイと思う人はもう自分よりもだいぶん先に生まれて先に死んでゆくんだろうって人が多かった。

ところがこのところ、心がゆさゆさと揺さぶられるのは今の同じ時間を過ごしている同じ年頃の人たちだったりするのでおもしろいなと思う。
30代後半、40代なりたて、そんなくらいの人々。変化の時期なのかもしれない。
心と身体の変化にズレを感じて悩んだり、若き日の自分のココロザシに今の自分が恥じたり、
そうではないと思い直したり、「死」を意識したり、「生」を感じたり、ヘンな力が抜けて楽チンになったり、素直になったり。また、その力が抜ける一歩手前は力が入りすぎてがんじがらめになったりするところまで、どうも共鳴してしまうことが多い。

今朝電車で音楽雑誌読んでておもわずはぁーと息をついてしまったよ。

「生きてることに祈ってんだろうな、やっぱり」と宮本語りがあったり、真心さんは「<チンポから石が出た>みたいなことは卒業した」(わかりやすい過激さをもとめないってこと)とか言ってたり、40前のアーティストがそろって「今までは恥ずかしくていえなかった「愛」みたいなことが言えるようになった」風なことを言葉こそ違えど言っていたり。もう可笑しいよ。
そしてなんだか嬉しいよ。
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【books】  コメント(0)   トラックバック(0)  △ page top


::日常をいく。
楽しみな出来事がまっていて、「早く時間が過ぎればいいのに」っていうのを
僕は今まで幾つ繰り返してきたんだろう。
「その日」が待ち遠しくて遠く感じても、確実に「その日」は来て「日常」へもどる。
そんなのを繰り返し繰り返しこんなところまで来てしまった。
とても楽しみにしていた過去の「その日」も今となってはほとんど覚えていない。
でもまた「その日」を見つけて歩いていく。


そんなことを私が大好きな人が言っていた。

このブログのタイトルを考えるときに、「日常」ってありふれてるよな。でも、ここに意味があるんだよな。と結構考えて、いろいろ考えあぐねて、タイトルの一部に「日常」って言葉を入れた。
思うところがあったからだ。
その思うところっていうのは↑でこの人が言ってるようなことと似ている。たぶん。
楽しみで待ち焦がれていること。
そこに向かう高揚感も過ぎれば日常、日々の泡。それを繰り返し流れて今ここにいる。
そう、ココニイル。そしてまた歩いていく。

たとえそれを忘れてしまったとしても、それが無になるんでもマイナスになるんでもなく、
ただただまた先に歩いていく。先に向かって年を重ねてゆく。
行く先でまたこんなところにきてしまった。と思いながら。

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