日常をこよなく愛するヨーガ愛好家、MAKIのBLOGへようこそ。

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マタニティ&産後ヨーガ IN 府中

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::甘く匂い立つ大人の女。
この日のヨガはなんともしっとりとしたアダルトな雰囲気で、匂い立つような陰ヨガ中心のクラスになりました。
朝もちょっと早めに着ていただいて、ゆったりと。

110828_1105~01

先日はフロム・キョウト!なんて喜んでましたが、今回はフロム・シアトル!の参加者がいらっしゃいましたよ。
日本に出張にきた機会に、仕事の合間を縫ってクラスに参加してくれたAちゃんをはじめ、
みんなオーバー40。いいね!

そして皆さん、ご自分のカラダの変化に敏感で、日常でもしっかり自分を知りながら生活している大人の女性。
なんというのでしょうか、カラダが硬いとか不調があるとかをちゃんと受け止め認め、過度にならず、でも甘やかさず人と比べず・・・。
そろいもそろって人のエネルギーを奪うということをけしてしない、正真正銘の大人の女なんだなぁと眺めていました。

そうそうないこのバランス。こちらがいい気分になりましたよ。
ありがとうございました!

背筋がピーンとはって固まってしまってても、生きてはいける。
むしろ見た目のシルエットは美しいのかもしれない。

だけど、40過ぎてふと立ち止まったとき、弾力のある呼吸がちゃんと背中でもできているかなー?と思うことも必要じゃないかな。

生き生きとした甘い蜜が背骨をとおって満ち満ちているような、しなやかさがあるといいなと思ってます。

それは生き方にもつながるでしょう。いや、生き方がそんな背中をつくるのかな。

問題は背脂じゃなく!(あ、まぁ、背脂も悩ましいけどさ)姿勢云々だけでなく!
弾力のある深い呼吸ができている背中。
40代からはそんな背中がもてるようになると嬉しいなと思った夏の終わりでありました。
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::カラダに潜む、あのときの棘。
腹をさぐる。
本来の意味は違うけど、他人におなかを晒す、委ねる、腹を探らせる、というのは案外緊張するものなのだと思う。
信頼していないと力が抜けない。

動物はお腹を決して相手に晒さないというじゃないの。
弱点であり、急所であり、そこをやられたら死んじゃうのが本能でわかっているからね。

と、ここに登場させちゃう。
友人のY子宅の小太郎くん。無防備すぎ。動物のくせに平気で腹さらして寝る!(笑)どんだけ安心してるのか。
しかもきをつけ!な姿勢。銃で撃たれて死んだフリ、そんな芸じゃありませんよ。
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で、まさにこんな小太郎状態になって、私はその「腹」を探ってもらってきた。

友人である信頼できるセラピスト、ウエミチヨ嬢は日々クラニオ(ごく軽く触れる程度の手当てで、頭蓋骨から背骨、仙骨まで流れている脳脊髄液の流れを整えることにより、その人の自己治癒力を高めるワーク)とエサレンボディマッサージ(波のようなリズムのロングストローク、ストレッチや揺らし、筋肉層に働きかける深いタッチなどが特徴の全身オイルマッサージ)を学んでいる。

先日は、私の誕生日の日にクラニオのセッションをしてくれた。
おかしなことに、先にいった家族旅行での日焼けあとの皮がぽろぽろと剥け(この日はマッサージじゃないのに!)、人の家に自分の皮を落っことして帰ってきたというなんともお恥ずかしい一幕もあり。
続いて本日は、マッパで全身オイルマッサージを受けにまた彼女の家を訪れた。

ストレスがたまっていると自覚のあった背中。食べすぎで厚くなった背中。陽ヨーガの練習で逞しくなってしまった背中。
ポイントは「背中」をお願いした。
そして、これも“なぁんか、(問題)あるよなー”と自覚のある「腹」。
腸腰筋の様子も見て欲しかったからね。

特にお腹は面白かった。
ぐぐーーーーっと深く手を差し込まれる。かなり痛い。
緊張しないように私は呼吸を繰り返す。息を吐くと緩むのがわかっているからなるべく深く吐くのだけど、
そうするとさらに手がぐーっと入ってくるのも想像できる(笑)。けど、痛い。なんていう葛藤。
ヨーガのアジャストと似てると思った。生徒さんの呼吸をみて、ぐーっと気持ちよくアシストする、あの感じに。

なるべく心静かにしようと努めるも、過去の心の傷がこんなところにこびりついて離れていない・・・・そんな痛みを味わうはめになった。

人は心にキズをうけると、その痛みは体のどこかしらに潜んで留まってしまうのかしら。

以前そんな風に思ったことがあって、その時のことを思い出したりした。
刺さった棘がまだ抜けていないような感覚を。
すぐに流れていってしまえばいいけど、深く長く留まってしまった痛みはその人の細胞に深く入り込んで、時間が経てば経つほど洗い流すのが困難になると思う。
トラウマがカラダのどこかを痛めることがあるように。

って、私はそんなにまで深刻な何かがあったわけじゃぁないので、ただ淡々と、
「これはいつどんなときの痛みだろうねぇ」「こんだけ生きてればこんな痛みの一つや二つ!」なんて二人で笑いあった。

ヨーガもそうだけど、思いもよらなかった過去の痛みが浮上してくることがある。
蓋があいてしまったようなね。涙がふと流れてしまったりね。
捻るポーズをしているときに、涙がでるのは、お腹が刺激されて過去の心の痛みが浮き上がってきてるんじゃないかしら。
流すならまずは浮き上がらせてからってね。

そして本日も、しっかり日焼け後の皮がたくさん剥けた。脱皮セッションか!!

おかしなことに、家に帰ったら次男が開口一番、「夜は僕をマッサージしてね」と言ってきた。
抱きついてきた彼は「あ、いつもの匂いと違うー」とも言った。

今日のオイルはラベンダーにミルラ。サンダルウッドやフランキンセンスなどのウッディな香りが大好きなわたしには、このミムラの香りは大変嬉しく、カラダから香るほのかな香りにうっとりした。

そして、約束どおり、次男をマッパにして全身マッサージしてあげた。
うつ伏せになったときに「ちんこがいたいー」とかゲラゲラわらってたけど、嬉しそうだった。
いつもは服の上からだから、裸のマッサージはさらに気持ちがよかったんだろうな。わたしなんてなんのテクもないんだけどね。

「ママも素っ裸でやってもらったの?友達なのに恥ずかしくなかったの?」と聞かれたが、恥ずかしくないよとこたえた。彼女の前なら小太郎よろしく腹を晒しても大丈夫だと本能が知っている(笑)

そんな友達がいるの、幸せよね~♪と次男のお尻をなでながら言い足した。
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::夏のお客様
昨年、京都から旅の途中にわがクラスを受講してくださった方が居ました。(SHE CAME FROM KYOTO

いつかまた。と別れた彼女。一年近くとくにコンタクトはなく、お元気にされているかなと思っていた矢先、
今年も東京へみえるということで、クラスのお申し込みがありました。
ずっとブログを読んでくださってた彼女が、昨年はじめてお顔をみせてくれて、今年また京都の奥の方からはるばる会いにきてくれた。
なんとも嬉しい夏のお客様でした。(一年に一度の逢瀬です)

++

夏は通常通りの集客はできないのだけど、それでもゆるゆるとインストラクター業をさせていただいています。
そして、訪れてくださる面々は、あたりまえだけど其々が面白く、其々が悩ましく、其々がなにかしら不調を抱えています。

猛暑続きで、自分も家族も暑さにやられてしまったというかたも多く、求められるクラスメニューもゆっくりじっくりという傾向にありました。

「実はクラスに行く前、体の調子がわるかったのです」とあとからメールをくださった方がありました。
彼女は、自分の不調の原因を、呼吸が浅かったのか?動くことが足りなかったのか?と自分をよく観察して、最後にはとてもすっきり調子がよくなったと教えてくれました。

これはとても大事な気づきですよね。自分の身体と心を知る大事な一歩だと思います。

不調にもかかわらずクラスに足を向けてくれた彼女への、どこからかのギフトだろうなぁと。

++

私も、仕事の後に帰宅して家族の夕食を用意して自分は食べずにそのまま夜のヨガ練習に向かうとき、くじけそうになることが多々あります。
疲れちゃってて、こんなときにアシュタンガはよくないんじゃないかとか、元気ないと怪我しちゃうかな、でも練習サボりたくないなとか、家族団らんのほうが大事じゃないかとか、葛藤するわけです。
先生は言います。「やらない勇気」も大事だよって。
でも私は悩むのです。「やらない勇気」ってサボってもいいってことじゃないよね?いや違う?サボる自分も認めてこれはこれで受け止めるということ???
疲れていると特にこういう堂々巡りな思考に陥りやすい。

私は「来なきゃよかった・・」と思うことはまず無い、ということを知っているから余計に悩んじゃう。潔く休んでその時間を別のことで楽しめばいいだけなのにね(笑)。

それでもいいしそれでなくてもいい

きっとそれが答えなんだと思うんだけど。

なんか深いね。

ラブフラの夏のお客様からはいろいろと深く考える機会をいただきました。
いつもほんとうにありがとう、
皆さんにそう伝えたい気分です。

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::夏の共同作業
山と海に家族旅行。

毎年キャンプにいくのだけれど、4人悠々ねっころがれるテントをはる所からはじめる超本気キャンプのときもあれば、施設を利用して手軽にキャンプするときもあり、テントは張らずにロッジに泊まることもある。
今年は、友達に教えてもらった、昔小学校だったところが宿泊施設になっているというところが面白そうで、
行ってみた。

天候は3日間とも雨マークだったけどね。わたし、最強の晴れ女だからね。大丈夫。
というか、雨のキャンプもいいよねー、ぐらいの気持ちで天気のことはあまり気にしないで出かけてみた。
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到着するなり、空から光が!
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こんな綺麗な、小学校のセットのような、宿泊施設。各お部屋は畳のお部屋で天井が高く、気持ちが良かった。
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いつでもどこでも重宝するマイミニバーナーで珈琲を沸かす。
山で飲む朝の珈琲はなんともいえず、美味しい♪
このミニバーナー、ホントに便利で使いやすく手軽なので、高尾山くらいの山に登るときもリュックにいれて頂上でお茶飲んだこともある。友達に、これいいんだよー、大活躍だよー、といっても「ふぅん」と言われることがおおいけどな(笑)
災害時にも便利だよ。きっと。

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と、母はバーナーでちょちょっと湯を沸かすけれど、男たちは思いっきり湿った薪と新聞紙とマッチのみで火をおこすという大仕事がまっていた。
とにかく薪が雨で湿っていて、着火剤もないので苦労したよね。
けどね、次男KがJG(とうさん)とR(兄)に引き続き自力で火をおこせたので拍手喝采。
空気の入れ加減、薪の割り具合、よく自分で考えた。ちょっと成長を感じた瞬間だった。

そして翌日は山を降りて今度は海へ!

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放射能の検査をして数値が発表されているのを確認し、安心した気持ちで向かった。
空もどんどん晴れてきて、海に着いたらこの光景!
あぁーーーーーー!うみ!!!あぁーーーー太陽!!

もう、子供達はいったい何時間遊んだだろう。小さな頃から海辺の生き物かってくらい水遊びがすきだったけど、
それは今も変わっていない。
日が暮れるまで遊びまくって、おかげで母さんは寝返りが打てないほど日に焼けてしまったよ。
楽しい思い出の日焼け。

「今夜どうするー?もう一泊する~?」
「んーでも俺ら、今夜は宿無しだからな。」
「どっか探す?テント?」
なんて行き当たりばったりの旅行はいつものこと。それすらも、楽しい気持ちにさせてくれる。

ただ、毎年「あー、来年はちょっといい宿に泊まって上げ膳据え膳でお造りとかいただきたいよなぁ。」と思うのだけどね。
そして、今年も水着は車の陰で着替えたよ。40代の熟女ですもの、いいのかしら、こんなことで。
ぎりぎりまで遊ぶもんだから、シャワーさえ浴びれずに日帰り温泉にとびこんでやっとくつろげた。
これもいつも同じパターン。

来年はどんな旅行になるかな。長男が受験だからお預けかな。
夏のキャンプは家族の成長がうかがえるのと、なんとなく共同作業ができるところが好き。

子供達はいつまで付き合ってくれるのかな。
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::桃饅と父と母
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父の喜寿のお祝い、ももまん。
ちょっと色っぽくて、ほっこり美しい。「壽」の飾りとともに。

週末、実家の近くの中華街で父を囲んでお祝いをしました。

最近はもっぱら部活と友達とのお遊びでちっとも家族と共に出かけるってことが減っちゃった長男も、
この日はちゃんと同行。
ちびっ子を伴う外出は大変だけど、思春期男子は連れ出すまでが大変よ。
近頃は私のワードローブから勝手にシャツなどを着ていっちゃう息子。この日も何を着ようかと並べた洋服の中に私のシャツがあったよ・・・。まぁいいけど。

弟家族と合流し、父と母も笑顔で登場。JGはホントに久しぶりに母に会ったのだけど、(認知症の)症状がまったく見られないので逆に驚いて、
「お義母さん、お元気そうでよかった!ほんとにお変わりないから安心しました」って言ったのね。
そしたら、母が、
「ありがとう。でもね、もう少し長く一緒に居ると“あれ?なんか変だな?”と思うわよ~」
と笑って言いました。自覚ありすぎ(笑)

お薬が効いているようなきがしますね。一時期のとんちんかんさがおさまり、それこそ短い時間じゃそれとわからないほどです。
ただ、「毎日金網越しに人と会うのはさびしいわぁ」と言うので、きっと自分ではそんな心境なんでしょうね。
「金網ってなんじゃい!(笑)」と突っ込みました。

認知症患者の言うことを否定しちゃいけない、怒っちゃいけない、というのはお決まりのお約束。
でも、四六時中一緒に居る父はきっとそうも言ってられないことだってあるんじゃないかと思います。
否定して、怒って、いったいどうしちゃったんだよっ!って叫びたいことだってあるはず。
それでも、もしそれをしちゃったら、きっと周りの人から咎められるでしょう。
私はそれが一番心配。

自分が発する怒りや理不尽さに地団太踏む感情はちゃんと、罪悪感をもたずにちゃんと、消化する必要があるでしょう?
「なんでこんな仕打ちにあうんだ」「否定しちゃいけないっていったって、あんな妄想につきあってられない!」「もういい加減にしてくれ、こちらがおかしくなりそうだ」・・・そんな怒りの感情に蓋をしたら、きっと寄り添っている人こそがだめになっちゃう。
それを患者本人に向けなければ、「怒る」感情を否定しなくていいんだと思うのです。

むずかしいけどね。

父はいつも母に「笑ってなさいよ」と言ってます。母は「そんな、可笑しくもないのに笑えないわよ」と言い捨てます。苦笑い顔で。

進行を遅らすことしかできないといわれていますが、こうなったからこその営みが見つけられるといいなと。
今までモノが捨てられず片付けもへたくそな母でしたが、突然「最小限の衣類だけ残して全部処分しようと思うの。もういらない!」なんていうのです。
違う人みたい(笑)
頭の血流が一部滞っているようだけど、どこか新たな扉が母の中で開いたのだったらいいな。そんなことを思った会食でした。

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