日常をこよなく愛するヨーガ愛好家、MAKIのBLOGへようこそ。

今日も明日へ向かおう。


マタニティ&産後ヨーガ IN 府中

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::道程
今日は長男の入試日。よい天気!

今朝は日の出前に彼の好きなシフォン風の紅茶パンを焼いていい気分で送り出した。
お弁当も好物ばかり。
ほんとに今までよく頑張ったと思う。あの姿は親として誇りに思うし、自身の力に今後どれだけなるだろうと胸が熱くなる。

今の彼らは学ぶというよりも未来に進むための手段として勉強しているようなもの。
「その過程が大事!」なんて言ったって次の扉が開かれなければ意味がないと感じるだろう。
それを思うとこれからもたくさんのハードルを越えて殻を破っていく作業は計り知れない。
けど、自力でやるしかないからね!

すべて自分で経験していくしかない。

まぁ、親はせいぜい適温の風呂わかして玉子焼きを失敗しないように焼いて背中叩くくらいしかできない。

担任の先生が当日会場に行かれないからと一人一人に手作り万華鏡をくださった。
これをみて落ち着くようにって心かな?
今朝みたら息子のバックにちゃんと入っていたよ。
それから、私のヨガ友が息子宛てにメッセージキャンドルを贈ってくれたり。
サクラサク。って。
メールもいっぱい。まるで私が受験生のよう(笑)
みんなに背中おされて本人はあとは力出し切るのみ。
サクラサケ!

どんな結果がでようとも、そこに至るまでに道を私はつかず離れずみていたつもりだよ。

今日は絶対ファインデー&ワンダフルデー。
皆様それぞれよき週末を♪

私も明日から羽のばすぞ~(笑)
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::アーユルヴェーディックオイル礼讃
なかなか目眩の名残がとれなくて、頭も霞がかかったような状態ですっきりしなかったので、これはピッタが上がってるのかな?と思ってた。
ピッタというのは人が本来持っている3つの体質のなかの「火」を表しているもの。私は本来ヴァータ(風)が強いので、そちらばかり気にしていたけど、耳に障害があるし20代にめまいで悩んだこともあったし、けっこうピッタの乱れを注意しないといけないのかもなーなんて思って、ヘナとヘナ風呂でセルフ調整して、
後は人様のお手をお借りしよう!と思い、アーユルヴェーダのサロンへ行ってきた。

カウンセリングでやっぱりかなりピッタに偏っててびっくり。これほどまでは今までなかった。
そういえば、ここんとこパンクばっかり聴いてたし(笑)音楽の好みもドーシャのバランスが影響しているという発見。

オイルを欲していたからアビヤンガは必須。アビヤンガって「塗布する」という意味だけど「滑らかな愛の手で」っていうような意味もあるのだと聞いたことがある。
特にシローダラーがやりたかった。
あの、ごま油を額に延々と垂らし続ける、あれね。
極上の気持ちよさなんですよ、おくさん。意識が飛ぶ。温かいオイルがさわさわさわーっと額に流れ続ける。
今日いったサロンでは額よりもう少し上をやるそうで、より脳を洗う効果が強いということ。
終わったあとは、脳みそがとろとろ。目がすっきり。頭の靄も晴れていた。

体もたくさんオイルといっしょに薬草成分も吸い込んでここちよい。
頭からはカレー臭。(カレー粉の匂いがするハーブパウダーで最後洗ったからね)とってもいい感じだ。

アーユルヴェーダをもっと生活に取り入れてあたりまえに使えるようになりたいなと思ってからずいぶんたつ。子供たちは疲れれば勝手にヘナとハーブの足湯をするし、セサミオイルで肌ケアしたり臍の掃除したり(?)してるけど、私にはこのくらいのちょっとした生活の知恵程度っていうのが一番しっくりくる。
施術してもらうところも、おしゃれでもスタイリッシュでもなくていいんだ。ふつうでいいの。(普通ってなにww)
しかし、シローダラーは自分じゃできないからね。
こればかりはたまにやりたいなと思っている。美容院にもめったにいかないし(!)いいよね、これくらい。

というわけで、この生命力が確実にアップした気になるオイルケア。おすすめ。
私もずいぶん救われた。
年齢的にもよいお年頃だし、体質が変化してくる時期にこうしてちょっと自分を助けてくれるアイテムがあると安心。
あとは、私の不調を知ったヨガの師が教えてくれた夜明け前の特別な時間「ブルフマ・ムフルタ」に起床して太陽礼拝をするっていうことが体質の改善にもつながる。という課題に挑むと。
こんな時間にブログ書いてること自体たぶんダメ。
でも徐々に、そんなふうになれたらいいな。スローな気づきだけど、
「本当の自分の身体の声を聞く」なんてそうそう簡単なもんじゃないと思う。やっとの思いで身につけるものだと思う。

では、おやすみ。


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::母寝込む。
久々に寝込んでしまった。
朝おきて突然の目眩と吐き気。なに????これ。20年近く昔にメニエールだと診断されたときのあの感覚だけど、ここんとこ全くなかったのに・・・
とにかく起きていられず、寝ていても目が回ってた。

ところが胃腸ではないらしく、きちんとお腹がすいて、お昼頃、義母が炊いてくれたお粥さんを米粒飛ばす勢いでガツガツたべた。お米から炊いたお粥はほんとに美味しい。お粥に「さん」をつけてしまう気持ち、わかるわー。
ありがとう、おかーさん!
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食べてまた寝た。とにかく一日中寝てた。
夕方、受験生の息子の間食を作るために台所にたつ。なんとか、パスタを作った。
また寝た。
オットができるだけ早く帰るとメールをくれたけど、家族の夕飯時には間に合わない。
息子が「ぼくなんか作ろうか?」っていうけどなんとか起きてよろよろ台所にいくと、義母の「あー夕飯どうしましょう、どうしましょう」と心細そうな声が聞こえた。
82才の母、食べ盛りの男子が居る6人分のメニューはもう手にを得ないのだと思う。
「だいじょうぶだよー。あたし、作るよー」と言うと心底安心した顔をした。
シンクにつかまりながら、鯖味噌とおからの煮物をなんとか作る。
おからは先日出張ヨガで生徒さんのお宅に伺った帰りに老舗豆腐屋さんで50円で購入したもの。
とてもおいしくできた。
私もお腹は空くので一緒に食べる。「うまっ!」という息子たちの声に励まされ、安心した顔で食べる両親をみて私が安心し・・・・。

こういうとき、いつも思い出す、伊丹十三監督の「たんぽぽ」のワンシーン。
危篤の母親が家族にチャーハン作って食べさせたあと死んじゃうシーン。
子供たちの将来のカラダを作る食事を担う責任と喜び、思い出させてくれるシュールだけど熱くなるシーン。


まぁ、具合悪い時に「なんでこんなときにまで!」と不満が出ることもあるけれど、
ほっとけば誰かしらなんか作って食べられるし心配してくれる思いはひしひしと感じるので寝とけばいいんだけど、母親の性か。決して料理は得意ではないくせに。
みんながお腹いっぱいだとそれが自分お安心につながるからか。

今朝はだいぶ回復。もうめまいはない。
昨日は夜のヨガ練もお休みしちゃったし、お仕事も休んじゃったし、今日も日にちを変更してもらったし、あらためて「健やかなカラダ」のありがたさが身にしみる。
働き盛り遊び盛りの中年女、セルフケア大切!
息子も受験ラストスパート悔いのないように走りきって欲しい!・・・・ので、バレンタインキッスは無しで、エアキッスを送ったら苦笑いされた朝。

今晩は何を作ろうかな。

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::そうそう、これだよ。
今日はちょっと私の核に手が届くような、とても感慨深い一日でした。
午前中、産後のクラスを。

もちろんヨガをやるのだけど、様子をみて授乳中の方が多い時間はトークタイムにしたり。
今日は5年後の夢を語ってもらいました。
この「5年」というのは丁度いい時間だと思っていて、遠過ぎもせず近過ぎもせずという将来。
目の前の赤子にある意味盲目状態である産後。
「自分自身」をみつめることなく、飛び越して世間と係わらなくてはならなかったりするので、つい焦燥感や劣等感、将来の不安などに飲み込まれやすかったりする時期だと思うのです。
ほんとの私は何を求めているのか、ほんとの心の声はなんなのか、つっかかってるのはどこなのか。
とりとめもなく「話す」と結構みえてくるものですよ。
オッパイあげながら話すとちょっと気も緩んで素直に話せたりするよね♪

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(トレーニングの最終日にいただいた私のピンクストラップがお気に入りの赤ちゃん(´▽`))

そして午後は、新婚ご夫婦のお宅へ出張に。
私より少し年上の彼女のパートナーは、さらに彼女より20歳近くも年上の方でした。
難病を患っておられるその方に私ができることを手渡しできますように。と祈るような気持ちで向かいましたが、とても生命力の強さをひしひしと感じる前向きで素敵な男性で、またお二人がもうラブラブで、こちらが元気をいただ、きまるで湯上りのような気持ちでいっぱいの帰り道でした。

話は変わりますが、昨年の秋、ひとりの旧友から一通のメールが届きました。
彼女からはその年の初めに短い文章で「マキちゃんに伝えたいことがあるのでいつか、メールします」とありました。

そして、10ヶ月以上たったある日、彼女からメールが届いたのです。

全身に激痛がはしる難病を患ってる彼女は、美術家だけれども昨年から一切仕事が出来ずにいました。
何をしても痛い。でも、昨年の今頃は、寝ているしかできなかったのが、徐々に少し起きて少し歩いて少し座っていられるようになったので、ゆっくりストレッチをはじめ、今では月に一度ヨガ教室に通うようことが出来るようになったということでした。

メールを打つのが困難で、10ヶ月かかったと。
でもどうしても、ヨガの素晴らしさ、ヨガに出会えてよかったという喜びはまずマキちゃんに伝えたかったと書いてありました。

後日会うことが叶い、話すことができたのだけど、薬で頭も朦朧とすることがあるそうで、メールを打つ前も、いきなりキーボードを打つことが困難だったため、何日もかかって紙に下書きをしたそうです。
少し書いて痛いから休んで、、、の繰り返しで。
そして下書きした原稿をみながらキーボードを打ったという・・・・
絶句です。

人が「思いを伝えたい」という意志というのはなんて強くて勢いがあって尊いものだろうと思いました。

そして、私に伝えたいと言ってくれた内容が、「ヨガっていいね!もう、みんなヨガをやればいいのに!」っていうシンプルなメッセージで。
痛みの具合で少しだけ練習する日もあれば、ひとクラス分頑張る日もあって、でも毎日毎日こつこつと向かい合っている姿には頭が下がります。

70歳の彼も、産後の彼女も、同級生の彼女も、みんなが私に「そうそう、これだよ!」とヨガを続ける意味を教えてくれる。私はその度に自分の中がふんわり膨らんで満たされていくのです。
こころから、ありがとうと言いたいのです。

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::あなたらしい言葉
先日、庭にやってきた小鳥たちに果物をあげていたときのこと。
次男Kが「あ!きた、きたよ!」
と巣箱を見上げて言った。

めじろがみかんをつついているのを、そっと私たちは見守っていた。
そのとき次男Kが、
「小さくて可愛らしいねぇ。」
とにこにこしながらつぶやいた。

そういえば、この子は「かわいい」をよく「かわいらしい」と言うな、と思った。
口癖なんだと思うけど、より小鳥の可愛らしさが伝わってくるような気がしてホッコリする。

昨夜、彼が書いた日記を読んでいた。
学校に提出する、日常を記した短い日記だ。
家族について書いてあった。子供らしい、6人家族だと好きな食べ物を独り占めできないとか、じいさんばあさんと話が合わなくてイラっとしてしまうとか、そう思ってしまった自分の反省の気持ちとか、そんなことが書かれていたのだけど、祖父母と同居して良かったことの一つに“帰宅した時に誰かしら家にいること”だと彼は言っている。
そこの表現に、私はうっかりウルっとしてしまう。
(帰宅したとき「ただいま!」と言うと「おかえり」と帰ってくるので嬉しいという行の後に、)

「僕は、さみしい気持ちには絶対にならない。」

と書いてあったのだ。
「嬉しい」じゃなくて、「さみしい気持ちにならない」んだ。しかも「絶対」に。
あぁ、彼らしい文章だなぁ。

こんな些細な一言一言が胸に刺さる。
あなたらしい言葉に、切なくなる言葉に、心が温まる言葉に、勇気づけられる言葉に、
私の心が触れたとき、なんとも言えない宝にであったような気になる。

もともと私は言葉に弱いのだ。ぐっとくるとイチコロなのだ。
そんな宝のような言葉をもった人に、育ってね。
心の襞をさりげなく表現できる人になってね。その魅力は、そう、あなただけのものだからね。

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::拳と寛容、パティ健在。
息子の受験が終わるまでは夜遊びを自粛しようと決めて守っている(温かいご飯を食べさせることくらいしかワシにはできんと思ってるから)けれど、
この日は別。だって、私の女神、パティ・スミスのライブなんですもの!
JG(オット)と一緒に、久しぶりのAXへ。3回目の生パティに会いに行ってきました。

AXがいつも他のライブで訪れるときよりもなんだかアダルティな雰囲気。
居心地のよさにほろ酔い気分でパティの登場をまっていました。

とても自然にバンドメンバーに続きパティがステージに現れ、その姿を見ただけで胸がいっぱいに。
今回のツアーは仙台から始まっていて、この日の前日に被災地をその目で見てきたパティが、曲の合間に彼女の力強い言葉でメッセージを発してくれます。
ニューアルバムにも3・11後すぐに日本に向けて書いてくれた曲があり、「日本の人々を守って欲しいと祈る歌です。あの歌が、私の震災に対する思いです。」とインタビューでも彼女は言っていました。

その強いメッセージ性に立ち止まりがちだけど、彼女自信が言っているように「政治的なメッセージソングじゃない、単なる祈りの曲だ」という意味がよくわかる、慈愛に満ちた祈りの歌でした。

パティはパンクの女王と言われて久しいけれど、もちろん66歳ににして相変わらずカッコよくてビックだったけど、なんだかほんとにキュートな人で。となりのJGと「可愛いね」と思わず呟きあってしまいましたよ。
温かくて・・・・涙が溢れました。彼女の全て包み込んでくれるような存在感に。
そう、パティは存在が寛容なんです。

興奮したファンの会場から投げかけられる言葉に答える言葉もいちいち粋で!しびれました。
唾吐いてファッキンだったけど、ビックな母でもあり。
いつもはステージ上で見るアーティストたちも今日はいちロックキッズのまま会場で拳を上げていましたよ。
すごいなぁ。

直後にツイートした言葉をそのまま貼っておきます。

「そこにいる」と思っただけで涙が出てきました。パティは相変わらずカッコよく力強く、表現することがすべてズバズバと胸に刺さり、言いようのない慈愛の空気で満たしてくれて、粋なんだけどなんだかとても可愛いかった。この先もし、座って詩の朗読しかできなくなっても、ずっと姿を見せて欲しい。

私はずっとその姿を見ていたいと切に思いました。


patti ax

そして、
もっともっと広い視野で世の中をみて、知っていかねば。そう強く思ったライブでもありました。

決して思惟することをやめてはならない。
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