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::12年前の闘病記(母)
私は1994年の秋に結婚した。

私の母はその年の春に、くも膜下出血で倒れた。

私は母が倒れた日、結婚後に住むマンションにJGがすでに一人で住んでいたので、そこに泊まっていた。
夜、寝ようとしたら弟から電話があり、お母さんが倒れたと告げられた。
危ないかも・・・これから手術するから、と。

震える体でタクシーに乗り込み横浜の病院へ向かった。
10時間以上の手術。待合室で父と弟と私、3人で病院の窓から見た朝焼け。「助かっても、障害がかなり残るか寝たきり状態」と言った医師の言葉。
母と最後に交わした言葉はなんだっただろうか・・・とか思い出している結婚前の娘。

手術は無事に終わった。
ICUで眠っている母を見て、弟が号泣した。私も泣いた。父は下を向いていた。
約半月の時間、母は意識がなかった。

寝たきりになってしまうかもしれない先のことを考えるとあまりに辛く、つい「こんな風に助かることをお母さんは望んでたかな・・・」と一瞬だけども思ったことがある。
つまるところ「あの時苦しまずに死んでしまった方がお母さんは楽だったんじゃないか」ということだ。
でもそれは側にいる私自身が辛かったから、この辛い気持ちから逃げるために思ったことだと気づいた。
本人はどうやったって生きたいだろう。というか、他者が語ることではない。
なんと傲慢な気持ちだったかと心底反省した。

眠っているだけの母をガラス越しに見舞うのが日課になったころ、母の意識が戻った。
看護士さんが私たちのところに小走りでやってきて、

「今お母さんお話しましたよ!!お友達のマキさんと冷蔵庫を買いに行く約束をしていると言っていますけど!」という。
(倒れた翌日は嫁入り道具の冷蔵庫を一緒に買いに行く予定だった)

嬉しくて嬉しくて嬉しかったけど、私のことをお友達って・・・とちょっと泣いた。

(この時はまだまだ意識混濁状態だったのだ。)
その後ぽつぽつと指で文字盤をつかって話しだす。言葉もちょっとずつ戻ってくる。

初めて会話をしたときに、
「JGさんのところに帰らなくていいの?奥さんなのに。」と言われ、
「まだ結婚してないからっ!」と笑った。

起きあがれるようになったとき、病室の隅を指さして、
「そこに犬がいるから部屋の外に出して」と言われて「大丈夫だよ、そんなの居ないからね」となだめながらすごく怯えた。
だいぶ回復してきたと思ってたけど、にこにこ顔で
「さっき、さんまちゃん(明石家)が来て『がんばれやー』って言って帰ったよ」と言われ、
大笑いしたけど落胆もした。

当時四谷で働いていて、定時にあがり大船近くの病院に2時間かけて毎日通い、その後3人で夕食をする(食事は当番制)生活。
ご近所さんにも大変お世話になり、母が近隣の住人達にいかに慕われていたかを知った。
それから、ご近所のおばちゃん達がせっせと毎日届けてくれるオカズをいただきながら、弟と「いろんな家の味があるねぇ」としみじみした。(一晩に3宅からいただいたヒジキの煮物は3つとも具も味も違った)

いろんなことを思い出す。

看護士さんに、おむつの替え方が下手くそだとかタンの取り方がなってないだとか、何度も教え込まれた。(きっとその後の介護のことを思って教えてくれたんだと思う)

予定していた秋の結婚は諦めた。

母が寝たきりだったら私は家に居た方がいいだろう。
JGとご両親が3人で千羽鶴を折ってお見舞いに来てくれた。

この人達と家族になりたかったなぁ・・・としんみり思った。

しかし、その後驚異的な回復力で母は元気になっていったのだ。
予定していた9月の結婚式にもなんとか車いすで出られるよと担当医師から告げられたときはまさか!と疑ったほどだった。
あれよあれよと奇跡をみせられ、結果私は無事にJGの嫁になり、結婚式には五分刈りの母も出席できた。
私は結婚式前夜、ホテルの部屋で母の5,6センチだけ伸びた髪をせっせと染めた。伸びてきた髪は白髪ばかりだったから。
嫁に行く前日の思い出はビゲン白髪染めで花嫁の手が茶色く染まって焦ったこと。

あれから12年。

母はほんとに元どおりの母になって、今では孫三昧のおばあちゃんになった。
もちろん介護などまったく必要ない。
(それどころか祖父が亡くなるまでずっと祖父のことを献身的に介護をしていた。)

母の病気から3年後に今度は父が倒れてしまい父の方が障害者手帳を持つようになってしまったが、私は今でも両親を失わずにいることに感謝している。

すっかり何事もなかったように当たり前のように過ごしてきてしまっていたけれど、今回友達のお母さんの入院話を聞いて、自分のあの時のことをパタパタと思い出していたしだい。

人の生きる力は計り知れなくて、その人を思う人達のエネルギーも相当な威力を発揮するんだぞ、と知った母の闘病生活であった。


もう12年も経つんだなぁ・・・。
あ!今度の日曜日は結婚記念日だ!12年も経つんだなぁ・・・。
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